福井市坂下城について・その2

坂下城主郭部北側石垣坂下城主郭部北東側斜面の石垣
4月5日(金)坂井市丸岡町山竹田の大内峠、イラカ嵩城の調査、下調べに行った帰りの足で、福井市坂下城の2回目の踏査を実施しました。

先日のブログでは、二重堀切や、石垣があることをお話ししましたが、2回目に登って北側半分の遺構の様子を再度見直すのが目的でした。

山の草木はもう芽を出して、じきに葉が出る様子でしたが、まだ今のところは見通しはきいていました。もうしばらくすれば山は緑に被われ、地形の様子は分からなくなってしまいます。標高2~300mの里山では今の時期が限界だと思うと、気が急いてしまいます。

2回目に登城してみて、やはり大収穫を得ることができました。
それは主郭部の北東側斜面にも一段下に腰曲輪と思われるわずかな平坦部が回り、その斜面に石垣が見えているではありませんか!
そして、この石垣の向こうには3条ほどの竪堀(比較的浅いけれど…)が穿たれているのが見えます。幅約1.5m、長さは5,6mほどでしょうか。
同じように主郭部南側の二重堀切がある斜面でも竪堀が確認できました。やはり2ないし3条が穿たれています。
坂下城主郭部堀切坂下城主郭部南側堀切

詳しく測量調査をしないと断言はできませんが、主郭部の東側から南側にかけて石垣が築かれ、北側斜面は腰曲輪がのびて、その腰曲輪を切断するように短い竪堀が2条刻まれています。そのうちの1本はいったん途切れて、西側へ回り込んで、浅い空堀(横堀)として約10mほど確認できます。

坂下城主郭部(南から)主郭部(南から)
主郭部は南北に長い長方形を呈し、北側と南側にそれぞれ櫓台状の高まりが確認できます。東側では斜面整形をしたように面がきれいに削られていますが、西側は浅い空堀がめぐる以外は、ダラダラしながら尾根に続いています。

さて、坂下城の性格的なことですが、曲輪に土塁がめぐる構造こそ持っていませんが、要所に深い堀切を二重に施す手法や、櫓台、腰曲輪、空堀(横堀)等々の形状は、坂下城から約6.5㎞の距離にある東郷槇山城の築城形態によく似た造りをしているように思われます。2ないし3条の竪堀があるので畝状竪堀とみてもよいと思いますが、坂下城は緩やかな尾根線に階段状に曲輪を作り出したり、畝状竪堀を有する古式の城を改造して、今の形状に造り変えたものと判断できます。
その他、南越前町の燧ヶ城の堀切や石垣のあり方にも共通しますが、越前での天正年間における城造りの一つの傾向を表しているようにも見受けられて、大変興味をそそられます。
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