鷲ヶ岳城

福井県永平寺町と勝山市の境界線上に鷲ヶ岳という山があります。標高769.1mの小高い丘陵で、九頭竜川の中流域を見下ろす格好の位置にあります。
永平寺町側からは、栃原集落の東の奥「時能(ときよし)川」をさかのぼったところになります。また勝山市では北郷町伊地知集落の奥にあることから、この山を伊地知山と呼んでいて、この山の登山道をのぼりきった頂上にあります。
鷲ヶ岳城遠望鷲ヶ岳城遠望
この山が『太平記』に登場する南朝方の武将、畑六郎左衛門時能が最後にたてこもって奮戦したと伝える山城跡です。麓には古戦場跡として石碑と「畑ヶ塚」がのこされ、勝山市の指定史跡となっています。
しかし、この山城は県内の山城のなかでも、もっとも高所に位置する山城の一つとなっており、麓はさておいても山頂付近の遺構は詳しいことはよく分かっていません。『越前国城跡考』でも山上にあり、と記すのみで、畑時能の顕彰碑が建てられているだけです。唯、地元の人のはなしでは、山頂に2,3の曲輪の遺構がみられるとも言います。いちど詳しい踏査が必要な山城のひとつです。
『太平記』では「豊原の北にあって」と記述されることから、所在が不明な山城であるとの指摘もあります。「豊原」とは坂井市丸岡町の豊原寺があったところで、『太平記』のとおり解釈すれば、まったく別の場所になりますが、「栃原」の記述間違いではないか、という見方もあり、このあたりは、鷲ヶ岳が山城としてはもっとも高い山に位置することと相俟って、歴史の謎に包まれた山城ともなっていて、なんともロマンを誘う山城でもあります。
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