一乗谷城の出城とその効果について

成願寺城遠望
福井市成願寺城を遠望する(毘沙門橋より臨む)

成願寺城は朝倉氏の重臣前波氏の居城です。標高214mの山頂に位置します。古墳群と重なっていますが、尾根線上に並んだ連郭式の山城です。数は多くありませんが、畝状竪堀をもつ山城です。

槇山城遠望
福井市槇山城を遠望する(手前は足羽川)

一方、足羽川を挟んで南側、東郷集落の東に位置するのは槇山城です。これも朝倉氏の一族正景の居城と言われています。しかし、豊臣秀吉の家臣、長谷川秀一が天正年間に居城した城としても知られ、一ノ丸跡の斜面には一部石垣が残っています。

この二つの山城は三峰城とも並んで、一乗谷城の出城と考えられます。福井平野側からの攻撃に備えた重厚な構えになっています。むかし、地元の青山作太郎さんは、この防御態勢を「鶴翼の構え」と形容しました。
東側の大野方面に対しては、搦め手として旧美山町の小宇坂城があります。

脇三ヶと足羽川
足羽川堤防から一乗谷方面を臨む(手前の脇三ヶの集落の奥が一乗谷の入口になります)

一乗谷城はこのように万全の備えをした防御態勢をとっていました。しかし、義景さんは籠城戦をとらず、平泉寺を頼って大野に落ち延びました。兵力がなかったからだと思います。
それにしても一乗谷城は占地といい、築城といい素晴らしいものだと感心します。これを有効に活用する方法はないものでしょうか!
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COMMENT 2

midorishako  2013, 06. 30 [Sun] 09:22

朝倉氏の興亡

一乗谷城は、城下町や武家屋敷跡なども発掘されていて、もう調べるところなどないと思っていましたが、朝倉氏の何代もの跡をたどっていくとまだまだ調べるところが残っているのですね。
朝倉氏の興亡に興味を抱かせていただきました。

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城歩きマン  2013, 06. 30 [Sun] 13:17

midorishakoさんコメントありがとうございます。
一乗谷城については昔は割と研究の対象になっていたのですが、城下町の発掘が進んで、今ではすっかり忘れられた存在になっています。

ここも早く発掘しろとは言いませんが、城下町ほどに研究の対象として扱ってほしいな、と思っています。
今年中には何とか、この山城をまとめたいと思っています。

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