清州城と模擬天守

清州城正面入り口と五条川
清州城正面入り口と五条川(私たちが到着した時、ちょうど橋のところでモデル撮影会が行われていました)

7月13日(土)名古屋のMさんのご案内で、清州城・名古屋城を見学しました。
清州城は昭和63年に五条川の河川改修がきっかけで発掘調査が行われました。あれから早、25年以上が経過しました。清州城天守閣の復元が平成元年だそうですが、まだ一度もこの天守に登ったことがなかったものですから、懐かしさも重なって、とうとう登ってきました。

清州城大手門内側の庭園
清州城正門内側の庭園(ここはお城も含めて清州城広場の敷地内。城の入り口にはアルバイトの女子高生だと思いますが、城ガールがアニメチックな侍衣装で観光客のサービスでしょうか、カメラに収まったり、天守閣への道案内などをしていました)

清州城は天守も含めて本丸は、本来、今の位置より川を挟んで対岸の清州公園・清州城古城跡公園の敷地にあたるのですが、何故か天守はこの場所に建てられました。
一体に、名古屋市周辺には「模擬天守」と呼ばれる城跡が点々とみられ、道路を走っていて、よく目立つものですから楽しくなります。推定や想像が入っていて、必ずしも本物と同じとは言い切れないものですが、それでもこうした天守すら建てられない自治体にいると羨ましいものがあります。

本家本元の岐阜城こそは明治に復興され、火災による焼失から立ち直ってもう一度再建されたそうです。そして、墨俣城、藤橋城、岩崎城、小牧山城、足助城等々復元模擬天守が私たちの目を楽しませてくれる、格好のモニュメントになっています。
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COMMENT 2

midorishako  2013, 07. 23 [Tue] 05:42

歴史を広める人、深める人

私は歴史を深める人。
城歩きマンさんは歴史を広める人。
この違いが清須城の評価を変えているのですね。
私などは、お城にゲームからとび出してきたような奇怪な服装で案内人がいたり、鉄筋コンクリートでお城ができていたりすると、それだけで興味が半減したりするのですが、広める立場になると、そうやって歴史に関心を持つきっかけになることを期待するということが分かりました。
私が歴史に興味を持ったのも、案外そういうところからかもしれないなと、昔を振り返るしだいです。

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城歩きマン  2013, 07. 25 [Thu] 07:20

midorishakoさん、コメントありがとうございます。
うまいこと言いますね。城歩きマンは歴史を広める人、ですか。

実際その通りです。地元で「ふるさと福井の歴史と文化財に学ぶ」、という講座をやっているものですから、ついつい、本音が出ているのでしょう。

今後も歴史を広める人で頑張ります。

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