西三河の史跡めぐり

西尾市深溝城
額田郡幸田町深溝(ふこうず)城の正面。かつては堀、土塁がめぐる本格的な城館でしたが、現在は住宅と工場敷地が入り組み、面影がなくなっているようです。

7月14日(日)岡崎在住のDさんのご案内で、城跡めぐり最終日は西三河の史跡を訪ねることになりました。
Dさんは西三河の郷土史に興味を持ち、積極的に埋もれかけた史跡や伝承文化の掘り起こしに駆け回っておられます。
上の写真の深溝城は家康の家臣で築城の名手でもあった松平家忠の居城です。またこのあたりは「深溝松平家」の故地になります。近年(昭和40年代)まで古絵図に描かれている堀、土塁、近世には陣屋だったという大手門跡などが残っていたと言います。
しかし、何ら保護の手は差し伸べられることなく、開発の犠牲になっているとDさんは憤慨しながら話しておられました。

額田郡幸田町野場城跡
幸田町野場城跡。永禄6年(1563)に起こった、三河の一向一揆で最後に残った一揆側の拠点の城と言われています。高低差約5,6mほどの丸い形の小山状の地形に土塁と堀で囲った城跡が残っています。

東条城虎口の櫓・柵列
幡豆郡吉良町にある東条城跡。平成元年に史跡整備され、その後大手門と物見櫓が『一遍聖絵』を参考に、立体復元されて、現地に建っています。西三河の制圧を進めた家康に対して、吉良氏が立て篭もった城跡として知られます。

東条城本丸・石碑
東条城の本丸跡に立つ城跡の石碑。この後ろのこんもりとした森は八幡社をまつる二ノ丸、本丸の西には三ノ丸の曲輪が残っています。

名古屋市のMさんも加わって3人で愛知県東部の幸田町周辺の史跡を訪ね歩きました。三河は松平氏の本拠でしたから、松平関係の城跡、墓所、名族と言われた吉良氏の古跡、また一揆に関する遺跡などその日の午前中一杯、有意義な時間を過ごすことができました。Mさん、Dさん本当にありがとうございました。
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COMMENT 2

midorishako  2013, 07. 23 [Tue] 05:56

西三河はこうやってまわってみると、徳川(松平氏)ゆかりの地であることがよく分かりました。深溝城、東条城をはじめ岡崎城や松平城など松平氏やその家臣たちの城でいっぱいです。
三河の戦国時代をたどるのもおもしろいかもしれません。

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城歩きマン  2013, 07. 25 [Thu] 07:11

midorishakoさん、コメントありがとうございます。
三河も尾張に負けず劣らず、山城や城館が多いところです。

名古屋に来る楽しみが一つ増えました。今のうちに松平城と大給城の見学を予約しておきます。
季節のいい時に伺います。

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