蕗野(冬野)城を踏破しました

青葉台団地から城山を臨む(2)2013_0928
平成25年9月28日(土)福井市冬野町にある蕗野城を踏破しました。

この山城は、平成6年12月に若越城の会で登城しています。冬枯れの寒い日に、この伝説に満ちた歴史ある山城にチャレンジしています。
南北朝期に新田義貞が一時期拠った城であると言い、また「得江頼員軍忠状」には南朝方が蕗野城を攻め、北朝方がその麓を焼き払ったとあります。

今回は城歩きマンの単独登城です。

二重堀切北西から2013_0928
今回、城歩きマンがわざわざ登城したのは、すでに『福井市史』でも明らかにされているのですが、尾根線に連続して築かれた典型的な連郭式の山城で、その東端近くに二重堀切があり、城跡全体が尾根線を要所要所で断ち切った堀切と、その間に構築された曲輪で構成されている、比較的古相に見える山城なのに、何故か、この部分の二重堀切が目立っているのです。
写真はその二重堀切(北半)を東側から撮ったものです。

二重堀切東側堀切2013_0928
二重堀切のある場所からさらに東の尾根上にも、小堀切があり、堀切は全部で9か所にも上ります。
二重堀切は、じっくり、時間をかけて踏査しましたが、どうやら二重ではなく、三本の竪堀がそれぞれ北側斜面と南側斜面に位置が食い違うのですが、長く掘られているようです。
一本の長さは25m、幅3mを測ります。これが尾根の両側に3本刻まれています。畝状竪堀と言っても語弊ではないような遺構です。
3枚目の写真は二重堀切の東側にある小堀切の遠景です。(分かりづらいですが)
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