御床ヶ岳城(三床山城)・不明山城について(補足2)

三床山登山道整備
しつこいようですが、福井県の正体不明の山城についてもう少し述べさせていただきます。

写真の記事は10月10日(木)の福井新聞に載ったものです。
三床山とは鯖江市の西部にある山(標高280m)で、この山の登山道や山頂部を、秋の登山シーズンに合わせて地元の人達がきれいに清掃や小枝の伐採をしたということです。

三床山(別名御床ヶ岳)は山城です。このことは不明でもなんでもなくて、縄張図もちゃんと作成されてどのような城跡かは、把握されています。
ところが築城年代がとても古く、弘仁13年(822)宮川出雲守要光というものが、山頂にあった「佐々牟志神社」を麓に移築し、山頂部には城郭を築いたというのです。

そして、宮川出雲守の一族は、保元・平治の乱で滅亡したというのです。
この後、南北朝の頃、斯波高経が一時期拠った城であるとも伝えています。『日本城郭大系』などに掲載されている縄張図を見る限りでは、平安時代や南北朝期のものではなく、室町時代以降の所産と思われます。

もうひとつ、よく分からないついでに山城をとり上げると、この三床山の南東約7㎞の位置に愛宕山という丘陵があります。標高103mの小高い山頂部には、慶長年間に本多富正が建立したという愛宕神社が鎮座しています。
この山に平安時代の中頃に多田摂津守満仲という人が城を築いた、といいます。

『越前国城跡考』では時代不知、ということですが、多田満仲とは10世紀頃、摂関家に仕えた人物で、越前をはじめ各地の受領地を歴任して富を蓄えたといいます。

この山城に城台、櫓跡、堀切などがあるというのですが、ことの是非についてはだれも確かめた人はいないようで、詳しいことは藪(?)のなかです。
いずれ、ここも決着をつけていきたいと思っています。
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