越前市二階堂城を歩く

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10月13日(日)越前市二階堂町にある二階堂城に登城しました。

この山城は標高228mの丘陵の尾根線上にあり、若須岳(標高564.1m)への登山道の途中にあります。
かねて県内の不明山城の一つに挙げて、ぜひとも近いうちに実態を把握しておきたいと思っていた山城でした。

編集_編集_001二階堂城遠望(東から)
写真は二階堂城の集落から見た遠景です。遠くに若須岳の山頂が見えます。
二階堂町は里山保全でいろいろな取り組みが話題になっている白山地区の一角になります。また、最近の台風の集中豪雨で洪水被害が出た吉野瀬川の上流地区にあたります。

編集_編集_012二階堂城遠望(南から)
二階堂城は平安時代の鎮守府将軍藤原利仁の子孫と伝える、越前押領使斎藤吉信が居城したという城跡です。
『越前国城跡考』では二階堂義信、または斎藤加賀守義宣とも記しています。集落との比高差は約50mほどで、それほど高い丘陵ではありません。
ただ、越前海岸の米ノ浦にぬける山道が府中へ向かう途中で、盆地の白山地区に出たあたりの交差点に位置している、という意味では、交通の要の位置になるのでしょうか。

編集_編集_004二階堂城登り口(同)
城跡へは、集落の奥、若須岳登山道の入り口から登ることになります。車はここで留めて、あとは徒歩です。しかし、歩いても5分、10分の距離でほとんど時間はかかりません。

編集_編集_006二階堂城二重堀切(東から)
城跡の主曲輪と思われる平坦地の手前には明瞭な二重堀切が確認されました。手前の堀切は幅約7m、奥側のものはやや大きく10m幅でした。

編集_編集_008二階堂城二重堀切(西から)
写真は東からと西からの状況です。登山道の整備で堀切内にダンダンの階段を刻んでいて、少し無残な格好になっています。
この奥(西側)にもきれいな切岸と土橋、そして浅いですが堀切が確認できました。
山城遺構であることは、これではっきり確認できたのですが、斎藤吉信の居城であること以外に、歴史的な動向が確認できず、平安時代の山城とも思えず、時代判定は保留、ということになりますが、実見の限りでは明らかに中世末頃の堀切の形状を示しています。
さて、どうしたものか・・・・。
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