二階堂城を歩く(後日談)

編集_編集_014二階堂地区御神輿行列(同)
10月13日(日)越前市の二階堂城に登城しました。昨日のブログでは山城であることを確認したものの、水準点付近の1か所だけが山城遺構と思われ、それ以外は西に向かって、なだらかな尾根線が続くだけで遺構らしきものはありませんでした。

伝承では平安時代の話になっているし、性格付けや時期的な判断は難しいな・・・・、と思いつつ山を下りたのですが、村ではちょうど白山神社の祭礼でお神輿が出ていました。

山を歩いている最中、遠くでピッピッと笛の音や、「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声がしきりに聞こえていましたので、想像はしていたのですが、登山口のすぐ近くまで神輿が来ていて、周りはとても賑やかな雰囲気でした。

通りがかりの年配のおじさんに(城歩きマンと同じ年齢の…)声をかけられ、立ち話になりました。
「どこから来たんにゃの」「なにをしていたんやの」「なんか見つかったけの」というふうに矢継ぎ早に質問されて、その都度返事をして、話が弾んできたところで、「村の山に城があるんけ?」と不思議がられ、「お城なら、安戸の天城やざ」と言われました。ここいらでは、安戸の天城が有名だ、ということでした。

城歩きマンは「安戸の天城」を知りませんでした。「はあ、そうですか」と生返事をしたものの、そこで話は終わって、二階堂町を後にしました。

家に帰って、さっそく調べてみましたが、二階堂町から10キロほど南に安戸町があって、その西に標高451.5mの天城山がちゃんとありました。
また、城跡についても7世紀の阿倍比羅夫がここに城を築いたという話から始まって、その後阿部氏の一族の天野氏がこの城を守り、また鎌倉時代末には北条高時の息、国時がこの地に逃れて、この城に隠れ住んだという伝承が『福井県の地名』事典に載っていました。

いい勉強になりました。二階堂町のおじさんに感謝。
しかし、確認すべき事項が増えてしまい、それこそどうしたものか・・・・。
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