北近江、田上山城を走破す!(2)

編集_地蔵院前DSCF1679 (4)
10月20日(日)若越城の会で長浜市にある田上山城を登城しました。

あいにくの雨模様でしたが、そんなにきつい降りでもなかったので、どうにか城跡を全周することができました。
木之本町地蔵院(現浄信寺)は、羽柴秀吉が柴田勝家と賤ヶ岳で戦った時の本陣でした。

その日は日曜日で、ちょうど誰かの葬儀が行われている最中の様子。気が引けるし、失礼にもなるので、中には入らずそのまま、旧北国街道の北通りをあるいて、意富布良(おほふら)神社に向かいました。

編集_北国街道町並みDSCF1679 (7)
中世から江戸時代を通じて、この木ノ本は北国街道筋にあたり、山越えで越前に向かう手前になります。宿場町としても栄えたところです。
そのたたずまいが今ものこっていて、大変趣のある風情を感じました。

編集_南端部大堀切DSCF1694
意富布良神社の脇にある登城口から、いよいよ登城開始。
この道は、しばらくすると、伊香高校前からの登山道と合流します。
やがて、10分少々も歩くと、やや開けた平坦地に出ます。真ん中にストーブのようなものが置いてあります。きょう実施される予定だった滋賀県、福井県、石川県などとの「のろし駅伝リレー」の「のろし台」だということらしいです。当然、雨で中止となり、そこには誰もいませんでした。

田上山城は、柴田勝家の玄蕃尾城をにらんで、羽柴秀長が築いた砦跡だとされています。
直線距離にして約400mほどの規模ですが、手前に幅の広い大堀切が現れます。(写真)

城域を区切る南端の防御ラインです。ここから北側に遺構が並んでいます。登城道はきれいにした草が刈ってあり、とても歩きやすい見学行でした。
スポンサーサイト

COMMENT 0