北近江、田上山城を走破す!(3)

編集_北郭角馬出DSCF1700
10月20日(日)長浜市の田上山城跡を登城しました。
今日はその3回目です。

主郭とされる中央部の曲輪を過ぎると、大きな堀切があり、北郭へと続いていました。
田上山城は全体に曲輪の周囲は土塁で囲っています。極めて遺存度が良好で、下草もきれいに刈られていて、とても見通しがよかったと思います。

現状は当時の高さに比べれば、大分崩れて低くなっているとはいえ、1m内外の高さでまっすぐに延びていて昔を想像させるに十分です。
他の場所ではもっと高い土塁もありました。

この北郭の北側は堀切を挟んで、出枡形になっていました。外枡形虎口とも言えますが、案内標識は「角馬出」としています。

編集_北端部横矢掛けDSCF1702
この北郭から約150mほど進むと、北端部の虎口に辿り着きます。
そこまでは、途中何もなくて平坦部が続くのですが、この虎口で城域の境界線となっています。
おそらく兵溜りのような機能があったのでしょうか・・・・。

編集_曲尺虎口DSCF1703
写真は北端部虎口のうち、東側の「曲尺虎口」と書かれた遺構です。なるほど、曲尺のようにきれいに90度に折れ曲がっています。
この西側は同じような90度に折れ曲がった土塁が延びていますが、この土塁は「横矢掛け」と表示されています。
まったく、典型的な形状をみせていて、いかにも山城の教科書(お手本)を見ているようです。

編集_西堀切DSCF1706
さらに北端部の虎口から引き返して、主郭部の西側にある堀切へと向かいました。
ここも、主郭部から細長く伸びる曲輪に土塁が築かれ、西端部で矩折部をもった虎口になっています。

賤ヶ岳の合戦において、秀吉方の本陣の出城の役割をもった田上山城、この城は秀長が守ったと言います。この北西の方角には、柴田の本陣である玄蕃尾城があり、最重要前線基地の田上山城を、雨にもかかわらず、つぶさに見学できました。
今度は東野山城と合わせて、晴れた日にでも、再訪したいと切に思いました。
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COMMENT 2

midorishako  2013, 10. 27 [Sun] 18:13

勉強になりました

10月20日はお疲れ様でした。
雨の中、がんばって登った甲斐がありました。
山城のイメージがだんだんはっきりしてきました。
土塁に囲まれた郭、えぐられた堀など、戦いに備えて
武将たちが、工夫した跡をじっくり見ることができました。
天気がよければ、琵琶湖や余呉湖が展望できたと思うと、
ちょっと残念でした。
今度は、観音様巡りもいいかなと思いました。

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城歩きマン  2013, 10. 27 [Sun] 22:19

田上山城の見学会、お疲れ様でした。

midorishakoさん、コメントありがとうございます。

田上山城跡、お疲れ様でした。よい経験になったようで、よかったです。

琵琶湖周辺、特に湖東には由緒正しい古いお寺がたくさんあって、本尊の仏像も数多く秘蔵されているとか・・・・。

春や秋の観光シーズンには湖東の古寺めぐりがいろいろ企画されているようで、見に行ける機会は多いと思います。若狭にも山城同様、古寺、古刹が多いです。

ぜひ一度ご検討を。

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