「謎の東郷中島城?」はあった

編集_IMG_NEW福井県史16 条里復元図より一部抜粋・加工
新聞記事からの話題をもう一つ、ご紹介しましょう。
11月13日(水)の「県中学生郷土新聞コンクール」からの話題です。

今回知事賞に選ばれた作品は、「中島城新聞」と題するもので、福井市東郷中島町に住む中学生が地元に伝わる「東郷中島城」について調べ、記事にして載せました。
扱う記事の分野は自由で、歴史に限らず現在進行形の色々な問題に密着して、自分で取材し、自分でまとめるのが基本になっているようです。

冒頭のタイトルは「幻の城」は本当にあった、としています。近くにある東郷槇山城よりも少し古い、南北朝期の城跡「東郷中島城」が現在どこにあるのか分からず、伝説の上の話になっているのを様々な資料や、周囲の人たちの記憶や言い伝えを取材し、イメージを絞り、やっぱり実在したのではないか、という自信につながっていたことが記事の行間からも十分伺えます。

全編手書きで作っているのも、この新聞コンクールの特徴です。パソコンがほとんどの小中学生に行きわたっているにもかかわらず、何故か文章は手書きにしています。これも生徒一人一人の個性だ、と思えば納得いくのですが。
周りの大人の知恵がだいぶん加わっているかな、とも思いますが、それにしても大人の城歩きマンも知りたいなあ、と思っていることをよくぞ記事にしてくれたなあと感心しました。

城歩きマンが新聞社のホールで、展示中の作品をみていましたら、横に初老の男性が並んで、同じ記事を熱心に見入っていました。
城歩きマンが「素晴らしい記事ですね」と声をかけましたら、その男性は記事中の写真を指差して、「ここに写っているのはウラや・・」といいながら、「中学生の女の子がいろいろと質問していたわ」と懐かしそうに眺めていました。なんとこの男性は中学生からインタビューを受けた人の一人で、「コピーを記念にもらえんかのー」と受付の係に頼んでいました。
本当にコピーがもらえたかどうかは城歩きマンも知りませんが、地元の地名に残る「祇園田」、「千福」「鎧町」など町名に関係する字名があるのは確かです。しかも、この東郷中島は足羽川を挟んで、対岸は稲津があり、ここは古くから越前斎藤氏の分派の一つ「稲津氏」が居館を構えていた場所です。

東郷中島城は黒丸朝倉氏3代、氏景の第3子景康がこの地を支配し、中島氏を名乗り、居城を構えていたのは確かだろうと城歩きマンも思います。
記事を書いてくれた中学生さん、今後も郷土の歴史を大切に!
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