明知城(東濃の城めぐり・その3)

編集_編集_DSCF1904
11月17日(日)研修旅行第3日目の朝は、すがすがしい秋晴れです。
昨日泊まった長野県下伊那郡平谷村の「ひまわりの湯」では、氷点下3℃。山々の木々の葉っぱに霜がおりて朝日に光っています。カラマツ林の黄色があざやかでした。

編集_DSCF1854
宿を出て、まもなくダム湖のそばを通り、展望所のところでトイレ休憩となりました。展望所からは、はるか遠くに雪を冠った御嶽山(?)が山の間から顔をのぞかせていました。

編集_DSCF1914
明知城は恵那市明智町にあります。可児市の明智長山城とよく間違われるそうですが、どちらも光秀にゆかりのある城跡です。
恵那市街地と明智町を結んでいる明知鉄道の終着駅が明智町です。大正時代の建物や風景を残した町並みが明智駅前から山手に向かって広がっています。
この町並みの山つきに、標高528m、比高差70mの明知城跡があります。

城歩きマンは今年7月にもこの地を訪れ、明知城に登城しようと入口を探したのですが、陣屋跡のある追手口からは案内標識がなくて、ついに登城できなかった山城です。
今回は裏口からの搦手口に回って登ることになり、無事登城を果たしました。

本丸下の空堀、畝状竪堀をみながら出丸、二の丸、本丸へと進みます。

編集_DSCF1923
秋に入って周りの草刈りが行われているようで、主要部分は朝露に濡れることなく、気持ちよく見学できました。
自分の準備不足を棚に上げて、こんなことを言うのは何ですが、やはり城跡というものは、正面の入り口から入って何ぼのものではないでしょうか?

明知城は正面側に大正村の街並みが重なっていて、陣屋跡に「大正ロマン館」まで建てられています。
追手道はほとんど民家が迫っていて、きちんとした標示はありません。登城は裏へ回ってくれ、と言わんばかりの状態です。
この点だけが玉にキズ、でした。

編集_DSCF1942
城跡の北側には龍護寺があり、境内には明智光秀公墓所、明知遠山氏累代の墓所があります。

今回の県外研修旅行は東濃の城めぐり、ということで遠山氏に関連した山城を3ヶ所巡ることができました。企画を担当した幹事さんは、ひとえにこの明知城跡の畝状竪堀の刻み方や、曲輪の周囲をほぼ全周する配置の仕方をぜひ見てほしいという願いから立案した、と言っています。
城歩きマンも大変勉強になりました。感謝。
スポンサーサイト

COMMENT 0