一乗谷城の年代はいつ頃まで遡るか?

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これも書物からの話題ですが、最近本屋さんで見つけたものの一つです。

一般向けに歴史や自然、郷土の地誌等を扱った教養書。コンパクトに文庫版サイズで、ページ数も280頁ほどで、値段が800円ですから、中学生や高校生でも手軽に買える本ですね。

各県の歴史的な史跡や由緒地を訪ね歩く、手軽な手引書、という感覚の本では山川出版社の『〇〇県の歴史散歩』というのがあります。これは歴史好きの人には必携の書だと言われています。

もう一つ、最近「歴史読本」の別冊というかたちで、若い女性向け(?)の手引書が出版されています。題して『若狭・敦賀 歴史読本読む・見る・歩く』というA5判サイズの本です。

こうした本がどんどん出されて、福井のことが一般の人に広く普及するのは大変うれしいことです。

前置きがだいぶ長くなりましたが、冒頭の写真の『福井県謎解き散歩』という文庫版サイズの本を買いましたが、そのなかに「第6章 考古・史跡編」があって、「戦国大名朝倉氏が一乗谷を居城と定めたのはいつ頃か」と題する小文が掲載されていました。

昨年の11月11日のブログで城歩きマンは朝倉氏の一乗谷入城のことについて触れましたが、中日新聞の記者さんが朝倉氏の一乗谷入城は黒丸朝倉氏2代目の高景のころだと書かれていたので本当かな?と思いましたが、その文章のきっかけになったのはこれだろうか?と思いました。

『謎解き散歩』の本が出版されたのも同じ2012年の5月で、意見を出されているのは朝倉氏研究の第1人者である松原信之さんです。この『謎解き散歩』に書かれた内容を、記者さんが自分の記事のなかで解説されたときに2代目高景のころに一乗谷に入城した、としたのでしょうか・・・・。

しかし、松原さんは一乗谷に居城を築いたのが2代目高景だとは言っていませんね。この辺は重要なことなので、きちんと説明してほしいと思います。少なくとも4代目為景のころまでは遡れるだろうと言っているだけです。

ま、細かいことですのでクドクドとは言いたくありません。福井のことを紹介する本が最近増えていることは確かなようで、水を差すような話はこれくらいにします。
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COMMENT 2

midorishako  2014, 01. 12 [Sun] 10:10

朝倉氏ははじめから一乗谷にはいなかった

へーそうなんですか。
てっきり、朝倉氏はずうっと一乗谷に住んでいたものだと思っていました。
はじめは黒丸にいたのですね。
おもしろそうなので、私も松原信之さんの本を買って読んでみることにしました。
値段も手ごろなので。

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城歩きマン  2014, 01. 13 [Mon] 07:52

midorishakoさん、コメントありがとうございます。
朝倉氏がいつ、一乗谷に入ったか?

この課題は、戦国時代に武将の拠城がなぜ要害堅固の山城なのか、という古くて新しい課題に通じています。

一応、応仁・文明の乱のころ、文明3年(1501)に入ったと言われていますが、本当はもっと古いのではないか、というのです。

分かっているようで、実は歴史の真実というものはいつももやもやしている、のが実際のようです。

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