書写山円教寺の歴史と文化について(講演)

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平成26年3月9日(日)天気予報は雨または雪でしたが、午前9時過ぎには晴れ間も見える明るい日和でした。
この日、勝山の平泉寺まほろば館で歴史講演会があるというので出かけました。

講演の内容は、西の比叡山とも称せられる円教寺についてでした。この寺院は平泉寺と似ていて、古代から由緒ある歴史を持ち、中世には天台宗の大寺院として栄えましたが、信長、秀吉の侵略によって焼き滅ぼされたという境遇の古刹です。

この寺院を含む播磨六箇寺の研究の一環として、大手前大学史学研究所が近年、寺院の遺構確認調査を実施し、坊院や塔頭の広がり、その性格などについての成果をまとめています。勝山市まほろば館は3月のイベントとして、この円教寺の遺構確認調査についての話をするというので、是非拝聴したいと思いました。

編集_書写山円教寺②
円教寺は面積約31万㎡にも及ぶ広大な範囲をもつ山岳寺院です。この寺域に山城遺構が築かれているというので、全山についてレーザー測量を実施し、また実際に現地踏査を行い曲輪の有無の確認をした結果、本殿や三ッ堂のある中心部にとどまらず、開山堂や護摩堂のある奥の院に至るまでの数多くの坊院が単に僧侶の修行、居住空間だけではなく、防御のための曲輪として築かれたものが多数含まれている、というのです。

天正6年(1578)の秀吉による播磨侵攻、円教寺での在陣を意味すると思われる「太閤屋敷」の地名が残っているともいい、現に土塁で囲まれた平坦地が多数確認されました。

勝山市の平泉寺も、寺の前面や周囲に山城の防御施設をもつ山岳寺院として知られていますが、天台末寺の性格や白山信仰を中心に据えた宗教的な観点での研究もさることながら、円教寺の測量調査や山城の遺構確認調査は、こうした考古学的な観点からの研究が最近目を見張る成果を上げていることがよく分かる事例ではないでしょうか。
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