「信長・秀吉と闘った紀州惣国・根来寺」(講演)を聴いて

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3月21日(金)時ならぬ寒波の到来で、3月も中旬を過ぎようというのに朝から雨、そして昼頃にはみぞれから小雪まじりの天候。
しかし、今日は勝山の平泉寺まほろば館で、2回目の歴史講座があります。タイヤをレギュラーにかえてしまいましたが、雪の舞い散るなかを奥越に向かって車を走らせました。
ええい、何とかなるさ――。

2回目の講座は、和歌山の根来寺の話。題して「信長・秀吉と闘った紀州惣国・根来寺」。サブタイトルは「日本中世最後の宗教共和国」でした。
講師の和歌山大学、海津一朗さんが手ずから作成した、という「フィールドミュージアム 中世日本の国境地帯」という冊子を参考図書として、普通の講演とは一味趣向を変えた講演を聞かせてくれました。

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話の焦点は、秀吉の紀州攻めで最後まで抵抗した根来寺と、地侍や百姓たちが団結して組織していた「紀州惣国」とはどんなものか、ということでこれまた海津さんたちが編集に携わった「紀州惣国」と秀吉軍との戦いの様子をまとめたDVD、それを一部ですが、鑑賞しながら話を聴くというものでした。

1時間半の講義はあっという間に過ぎるという、とても楽しい時間でした。海津さんが持ち時間を間違えたので、話が途中で終わってしまって残念でしたが、こんな話なら2時間でも、3時間でも聴いていたいと思ったものです。
そして何よりも収穫だったのは、宣教師ルイス・フロイスの日本紹介の例を参考にしながら、当時の紀州がどのように見られていたか、雑賀党や根来衆、粉河党、高野、湯河等々の惣村、土豪の利害関係を含みこんだ地域的な一揆寺院のまとまり、ルイス・フロイスはそれを「世界地図」のなかで「イリャ・ドス・ラドロイス」と呼称しました。直訳すれば「盗賊島」というそうです。
当時アジアの東南海を荒らしまわった倭寇軍団の拠点、とでもいうような意味だそうです。こんな話が城歩きマンにはとても新鮮に感じられ、外の天気が雪混じりで、どんどん激しくなってきているのに全く意に介さないほどでした。
しかし、講義が終わって帰途につくころには、天気もちゃんと回復して(?)無事奥越路をあとにすることができました。
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COMMENT 2

midorishako  2014, 03. 22 [Sat] 19:36

戦国時代の民衆

なんとも楽しそうなお話ですね。
ルイス・フロイスが紀州の人たちを「盗賊」扱いしているところが、なんとなくアニメっぽくて、まるで「ワンピース」(アニメ)の世界のようだと想像してしまいました。
戦国時代の船運業の人たち、鉱山業の人たち、金融業の人たちなどなど、こうした人の活躍抜きに戦国武将の戦(いくさ)での活躍はなかったと思います。どんな暮らしをしていたのか、ぜひ知りたいと思います。

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城歩きマン  2014, 03. 23 [Sun] 07:20

midorishakoさん、いつもコメントありがとうございます。

紀州惣国は倭寇の巣窟。
城歩きマンは、この形容句がとても言い得て妙、だと思いました。
和歌山から御坊、田辺など、紀伊半島沿岸は確かに昔から遠洋漁業の盛んな地域。

ルイス・フロイスや他の宣教師たちの見聞録は、とてもユニークで面白いです。

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