小木國弘さんのこと

小木國弘さんのこと
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平成26年4月5日(土)福井新聞に小木國弘さんの死去のことがお悔やみ欄に載っていました。

小木さんとは約20年来のお付き合いを頂いている方で、年は親子ほどの違いがあるのですが、中央公園の「県民会館」で平成の初めに始まったカルチャークラブ「日本史の会」に、講義を頼まれてお話をしに行ったのが、そもそものきっかけでした。
もともとは獣医さんで、福井県にも長く勤務され、城歩きマンにとっては県職員として大先輩でした。性格はとても明るく、ひょうきんな方でしたが、郷土の歴史や文化財のことになるととても情熱的に話をされる、熱血マンのようなところがある方でした。

講座「日本史の会」ではその後も2度3度と講義を頼まれ、話をしに行きました。今でも、毎回日本史の会で発行している「会誌」を送っていただき、またボランテイアの語り部の会でも活躍されていて、市内の観光地でひょこっとお会いすることもありましたが、いつも気さくに話しかけてくださいました。

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小木さんは平成20年に小説『丹羽長秀一代』を出版されました。講座「日本史の会」を主宰しながら、コツコツと福井に関係のある人物、丹羽長秀について調べ、それを小説にしたのです。城歩きマンはこれを聞いて大変ビックリしたのを覚えています。
お年もお年でしたが(当時86歳)、それ以上に長いことかけてついに自分で歴史小説を書き上げ、あとに続くものに一つの手本を示した、ということにたいへん驚きを覚えたのでした。言うだけではなく、自ら実行したということに感動しました。福井ではこういうことは稀有なことなのです。ちなみに郷土の歴史を追求しながら、自らそういうことを題材にした小説やエッセイ集を出版されている方には、あの水上勉さん以外には城歩きマンが知っている範囲で恐縮ですが、青園謙三郎さん、白崎昭一郎さんがおられるぐらいでしょう。

出版記念パーティでも、小木さんは静かに、控えめに振る舞っておられました。城歩きマンが声をかけると、ただ、黙ってうなづいて、無言でこれからもよろしくと言っておられるように感じました。
その小木さんがついに…。昨年の今頃、市の歴史博物館の展示見学会でお会いして、和気あいあいと賑やかに話をされていたのを、つい昨日のように思い出します。

ふるさと福井の歴史をこよなく愛し、それを行動で示しながら、まわりの方々に一つの規範として示された小木さんをとても尊敬していました。残念です。ご冥福を祈らずにはおられません。
                                                                    合掌
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