越前町大谷寺城跡の踏査(その2)

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4月8日(火)越前町の大谷寺城跡を踏査しました。

写真の石仏は、青少年旅行村へ通じる林道から分かれて、低い尾根道をたどる「越知参道」側にはなく、大谷寺大長院の裏手から登る参道脇に配置されているものです。

主郭部虎口とされる食い違いの土塁跡のところへ来ると、道は3方向から集まっている交差点になります。一つは大長院裏手からの道、ひとつは「越知参道」からの道、今一つは砂利敷きの作業用林道で、林道側では遺構が残る尾根の裾を大きく削り取っていて、分布調査で確認された堀切は裾部分がやはりカットされた状態で、とても痛々しく見えました。

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南側尾根筋の堀切は2本あって、いずれも規模は大きくないですが、しっかりカットされていて、上糸生、中野あたりからの侵入、攻撃に対する防備としています。

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この堀切を過ぎると、主郭部の虎口に辿り着きます。
この虎口部分も「越知参道」の整備によるものでしょうか、大きく上面の部分を削平されて、無残な状態です。虎口に食い違い土塁を配しているようなのですが、削平によって堀の部分が埋まっています。

現状の遺構の遺存状態が分かりにくい状態です。やんぬるかな…。

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虎口の内側から食い違いの土塁を観た様子です。旧朝日町教育委員会が調査したように、きれいな食い違い虎口となっているのに、いかんせん保存状態がひどい。もう少し手を加えて、補修をはかるべきだとも思いました。

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神社の宮司さんからいただいたしおりです。A4判で15ページの冊子になっています。宮司さん自らのワープロ打ちによるしおりで、有料だったのですが、分かりやすい文体で書かれており、親切な内容となっています。
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