福井市朝倉山城の踏査4

編集_朝倉山城東竪堀DSCF2419
福井市朝倉山城の踏査について、今日で4回目の話をします。
なかなか1回では書ききれないことが多く、日を分けて書くと頭もすっきり、落ち着いて書けるのでなるべくそうしています。

さて余談は別として、上の写真は南側の入口に並ぶ土塁囲みの段曲輪の2段目にあたる部分です。その北東隅から東に延びる竪堀の様子です。下草で見分けにくいのですが、約10mほどきれいにまっすぐ延びています。幅は約1mほどあり、近くによってみると一目瞭然で分かります。

竪堀はこのほかにも主郭の腰曲輪に取り付くように、北斜面と西斜面にそれぞれ1条見られます。畝状連続竪堀は見つかりませんでした。

編集_朝倉山城説明板DSCF2403 - コピー
山頂部の展望所の下に掲げられている城跡の説明板です。
この図を参考に、前日報告した土塁、石垣の様子を表わしてみました。土塁、石垣列はどうやら北側の面に偏って見受けられるようで、南側の斜面はどういうわけか、確認できませんでした。

埋まっていて、肉眼観察がしにくいだけかも知れないのですが、今のところはないようです。南側のいくつかの段曲輪にも石垣のようなものは見つかりませんでした。
もっと不思議なのは、城跡の周りに一つも堀切がないことです。空堀と思われるものは1,2か所ありすが、堀切がありません。もっとも、主郭部だけの踏査ですから、全体をすべて見ているわけではありません。今後の課題としておきましょう。

編集_朝倉山城中腹植林段々の石垣DSCF2423
今一つ、付記しておきたいのは、城跡の南側の中腹あたりの、ジグザグに折れ曲がりながら登っていく林道の途中、鞍部と思われる平坦な尾根から少し北に登ったところに、前回のときにも記したように、杉の植林による段々が広がっている場所があります。そのひとつにきれいな石垣積みが見られました。

一概には言えません。
戦時中の開墾による段々畑の石垣かもしれないし、杉の植林のために作った石垣かもしれないし、いろいろと可能性はあります。

山頂部南側の中腹から鞍部にかけての斜面だけが、広い、緩やかな緩斜面になっているのですが、ここでは石垣は不要と思われます。
これは、城歩きマンの思い込みかもしれないのですが、城跡はこの中腹・鞍部あたりまで広がっていて、いくつもの段曲輪を形成していたのかもしれない。後世において杉の植林のために段切りされて原形が分かりにくくなっているのか…、と。

いずれにしても、久々の登城でいろいろなことが発見、確認できて思い出深い登城となりました。これも棗地区の皆さまの清掃、整備のおかげです。ありがとうございました。
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