広島県内の城郭めぐりの旅(その6)

広島県内の城郭めぐりの旅(その6)
3日目:吉川元春館跡
28県外研修(広島)
広島県の城郭めぐりの話を続けます。

2日目の夜は大朝にある鳴滝露天温泉、という山奥の秘境といった感じの露天温泉に泊まりました。
大朝鳴滝温泉は千代田インターから浜田自動車道に乗り換えて、島根に向かう途中の県境に近いスキー場「大朝・寒曳(かんびき)スキーパーク」の麓にあります。

折角の露天風呂でしたが、夜の露天風呂に浸かるには、少し寒すぎるかな…。とても風呂に入る気にはなれず、夕食のあとは、郡山城見学の疲れもあって、すぐ寝入ってしまいました。
次の3日目、最終日は毛利元就さんの次男元春さんの館跡を見学します。

吉川元春館跡位置図(ブログ用)(『国史跡 吉川氏城館跡ガイドブック』所収)
吉川氏は元春さんが養子に入った家で、もとは駿河国の豪族です。承久の乱の功績により安芸国大朝本庄(現北広島市大朝)の地頭職を得て土着化し、この地方に勢力を延ばしました。15世紀頃に石見吉川氏の流れをくむ吉川経見が江の川の上流、大朝新庄に移り、本拠としてこの地に勢力を延ばしました。新庄には小倉山城が築かれました。

29吉川元春館跡パンフ
余談ですが、吉川氏や毛利氏が依拠した領地に関係する江の川は、大朝本庄の高野にある阿佐山(標高1218.2m)を水源とする川で、延々と中国山地の中央を流れ、島根県江津の河口まで続いています。
島根県では‘ごうのかわ’と呼びますが、広島では‘えのかわ‘と発音します。郡山城あたりでは「可愛川」と書いてえのかわと呼んでいます。実に地名とは面白いですね。漢字だけではかわいがわと呼んでしまいます。

29県外研修(広島)
さて、吉川氏は、天文年間(1532~55)興経の代には山形表(現北広島町千代田地域)の領有争いから毛利氏と対立し、本拠地を新庄の小倉山城からこの日の山城に移し、本格的に城を整備しました。

日の山城は志路原川上流の火野山(標高705.4m)山麓にあり、舞綱や上石、下石、及びその周辺に城下町が建設され、元春やその長男の元長が死去した後は、三男の広家が天正16年(1588)に改築して使用しました。

30県外研修(広島)
しかし、内部の裏切りによって興経は謀殺され、一旦系譜が断絶します。その跡に毛利氏から元春が入って、吉川家を相続し戦国大名として勢力を拡大していきます。最終的には、吉川氏は、その後関ヶ原の戦いを経て周防の岩国に移封されます。

31県外研修(広島)
今回の最終日の見学地である「吉川元春館跡」や「万徳院跡庭園」等の遺跡は、この日の山城跡の一角をなす地区にあたります。先の小倉山城跡や日の山城跡は時間と体力の都合(?)により省略し、計画から外し平地部の整備が施された館跡を見学することにしました。(『国史跡吉川元春館跡ガイドブック』北広島町教育委員会編を参考としました)
スポンサーサイト

COMMENT 0