一乗谷城と小見放城について

一乗谷城と小見放城について

編集_DSCF1781八地谷から朝倉館前広場を望む
先日のブログで、ウアンゴと安居城について地名の話が出ました。
ブログを訪問された方、どなたでも経験のあることでしょうが、地名というのは大変面白いものです。いろんな意味が込められていて、興味の尽きることがないほどです。

そこでもうひとつ、ついでにと言っては叱られるかもしれませんが、一乗谷城のことで話をしたいと思います。
一乗谷城の中に’出城’の扱いを受けている小城と小見放(こみはなし)城というのがあります。

一乗谷の城戸ノ内町に「権殿」という字名の地区があって、朝倉権頭(ごんのかみ)の屋敷跡があったところと伝えられています。
その権殿の背後の高台は「上殿」「馬出」という字名の地区があり、特に馬出は一乗谷城に通じる大手道となっています。この馬出と上殿の地続きに小城と、小見放城という「出城」が並んで遺っています。

一乗谷城を見学された人にはおなじみの名前でしょう。そして、この小城と小見放城にも登ってみた人がいるかも知れませんが、そうでない人でも、きっと疑問をもった人がいることでしょう。

この城はどんな城?
一乗谷城とはどんな関係?

そもそも、小見放城って何?なんでこんな名前なの?と。

じつは、これを書いている城歩きマンもなんでこの名前がついたのか、長い間疑問に思っています。
出城として一乗谷城の近くに、小さな規模の城跡があっても何の不思議もありませんが、特に、小見放城とはどういう意味なの?
名前の由来が分りません…。
小さなことですが、一乗谷城について、分かった気でいた城歩きマンもまだまだ勉強が足りない。

反省、反省――。
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