一乗谷城と小見放城について(その2)

一乗谷城と小見放城について(その2)

編集_一乗谷朝倉氏遺跡とその周辺IMG_0008_NEW - コピー
一乗谷城の出城とされる小見放(こみはなし)城は、馬出の一つ手前の上殿の山付き、また権殿の東側にある小城と共に並んで遺っている小規模の山城です。

地元では、こみはなしじょう、と呼んでいます。こみはなちと呼ぶ時もありますが、概ね、こみはなしと発音しています。

さて、これはどういう意味でしょうか?
見放し、という語句があって、意味は諦める、見放すということですが、この場合はあまり城名とは関係ないと思うのですが…。

第一に、この語句はどこにあったものでしょうか?
字名(あざめい)など地籍図から採ったものでしょうか。伝承など古記録の文書から採ったものでしょうか。
それとも地元で昔から呼び習わしていたものでしょうか。
どちらも確証がなく、よく分かりません。

「一乗」谷は文書、古記録に遺っています。一乗谷城は、城跡として『越前国城跡考』などの古文書にも記されていますが、いちいちの出城までの名称は拾っていません。

一乗谷に限らず、どこの県の城跡にもこのようなことはあると思います。読み方の不明なもの、意味の不明なもの、いくらでもありそうですね。あっても不思議なことではありません。

でも、こういう地名や伝承を一つ、一つ、丹念に、地道に追及していくことが大事なのでしょうね。その中で一つでも解明できればそれに越したことはありません。
そんなことを考えながら、小見放城について城歩きマンは長いこと考え続けています。
スポンサーサイト

COMMENT 0