早春の石見路――津和野城(その5)

早春の石見路――津和野城(その5)

TU19中荒城畝状竪堀中荒城手前の三重堀切(ひとつ目の堀切)
津和野城の見学もいよいよクライマックスです。
ついに最南端の中荒城を踏破!と言いたかったのですが、なかなか畝状竪堀に辿りつけません。
周りの地形をいろいろと歩き回るのですが、それらしい畝々が見つかりません。おかしいなァ――。

諦めかけていたら、中荒城の横を回り込んで西側へ抜ける山径の、右側裾にタイガーロープが貼ってあって、上方へ歩けるようにしてある箇所がありました。踏み跡も残っています。

TU20中荒城畝状竪堀2
これ何…、と思いながらそのロープに沿って斜面を登ったら、なんとそこに畝々が――。あったァ!
最初の畝状竪堀から、ここも、ここも、と追いかけて行って、一番奥まで夢中で歩き続けました。中荒城の畝状竪堀は、ゆるい緩斜面、最初に空堀が巡っていたのでしょうか、幅約3mほどの空堀(横堀)を見事に断ち切って、幅2~3mの間隔で並べています。

計18条、長さ約170mに渡って空堀と畝状竪堀が、それこそ累々と…。

幅2~3mの空き部分は、一見して土塁状に盛り上がっていますが、掘り残した部分だと頷けます。空堀も完全に寸断されて、その機能はなくなっています。

編集_DSCF3332
緩斜面に先行的に掘られていた空堀(横堀)を寸断して、畝状竪堀を刻んだというように解釈できます。入口近くにあった説明板の図もそのように表記されています。

一説には畝状竪堀のタイプに横堀との併用のタイプがあり、時期的な変遷のメルクマールにさえ入れられていますが、この考え方は果たして正か非か、疑問です。

畝状竪堀は幅が太く、しっかり掘り抜かれています。深さは十分深く、埋まりきらず現状でしっかり残っています。長さは短めのものが多く4,5m までで、長く裾まで延びているものはありません。

TU21中荒城畝状竪堀3
よく似た形状は北九州長野城の本丸周辺の畝状竪堀、一乗谷城の三ノ丸部分の畝状竪堀、そして富山県枡形山城の本丸下南斜面の畝状竪堀にみられ、様相が酷似しています。

あるところにはやはりあるんだ…。津和野まで来たかいがあった…。
大げさですが、城歩きマンは一人で納得しながら、城跡を下山しました。
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