金沢市堅田城跡を踏査

金沢市堅田城跡を踏査

久々に時間的なゆとりができて、山城歩きに出かけることにしました。昨年の夏以来ですから、半年間以上も山歩きから遠ざかっていたことになります…。

堅田城跡(南から) (1)トンネルの真上が城跡
目的の城跡は、いつも近くを通りながら何故か登城できなかった金沢市の堅田城です。石川県では数少ない畝状竪堀をもつ山城です。

築城主は不明です。江戸時代に作成された『宝暦十四年旧蹟調書』という文書には木曽義仲の砦として記載され、「ささら堀」や「御馬場」等の古地名が残るそうです。能登半島の喉もと、森本川が平野に抜け出る右岸の山丘上に位置しています。ささら堀とは「ささら」状になった堀、という意味でしょうか。つまりは畝状竪堀のことでしょう。

堅田城跡登城口矢印の案内に添って登城
この城跡が最近の山城悉皆調査によってようやく日の目を見ることになりました。少し前の城館関係の書物にははっきりと遺構のことが記されていなかったのですが、最近は「山側環状線」のトンネル工事があって、そのための事前試掘調査、遺構確認調査が行われた結果、山城の内容がとてもよく分かるようになりました。
堅田城は福光街道を見下ろす要衝の地にあって、加賀と越中の重要な軍事的城砦であったろうことは容易に想像できます。

平成27年4月16日(木)午前9時半、天気薄曇り。福井の自宅を金沢市堅田城跡にむかって出発。
堅田城跡登り口には10時30分頃に到着。山の裾では川の護岸工事でダンプカーが出入りしていました。その横をすり抜けて、急坂の細い山道を登りつめ、墓地の奥に遭った狭い駐車場になんとか車を押し込めることができました。

堅田城跡登城路(分岐)登城道はこのようにきれいに整備
ここは北陸自動車道金沢森本インター近くの小丘陵で、独立行政法人国立医療機構医王病院という長たらしい名前の病院の東側裏手に位置する山です。
標高113.1m、比高差はわずかに80m。「山側環状線森本トンネル」の南出口の真上にあります。堅田城跡は調査後の平成19年に金沢市の史跡に指定されています。次回に続く。
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