西明寺時頼廻国伝説と水海の田楽

西明寺時頼廻国伝説と水海の田楽

1大野宝慶寺境内大野市宝慶寺の境内
平成27年4月30日(木)福井新聞講座の情報収集のため、県内のあちこちを歩いてきました。

宝慶寺は道元さんと所縁のある禅寺です。司馬遼太郎さんの「街道をゆくシリーズ」18の『越前の諸道』で、この宝慶寺と寂円、道元さんが取り上げられ、旅情豊かに語られていることは城歩きマン以上に皆さん、よくご存じだろうと思います。

タイトルにもあるように西明寺時頼廻国伝説のことを調べたくなって、こちらに足を運ぶことになりました。
宝慶寺位置図「宝慶寺リーフレット」より
大野市街地の東側、国道158号を篠座神社の交差点で右折して、県道34号を清滝川に沿ってまっすぐ南下すると奥まった谷のどん詰まりのところに、宝慶寺が建っていました。

弘長年間(1261~64)にこのあたり一帯を所領としていた伊自良知成が、寂円さんに帰依し、一宇を建立したのが始まりとか。
正安元年(1299)には、北条時頼の菩提を弔うために、大野郡木本領のうちから宝慶寺に寺領を寄進しました。

宝慶寺パンフ
北条時頼とは、かの鎌倉幕府5代執権北条時頼です。鎌倉幕府内の重臣の勢力争いをおさえ、幕政の安定と権力の集中(=独裁体制)を実現しました。
この北条時頼は、道元さんと関係が深く、というより、禅宗に対して大きな関心を寄せ、その教えを乞うために執権時代に波多野義重の仲介により、道元さんから鎌倉で講義を受けたと言われています。

城歩きマンは西明寺時頼廻国伝説のことを知りたくて、いろいろと調べていたのですが、話の展開は思わぬ方向へと進んでいきます。(この項続く)
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