西明寺時頼廻国伝説と水海の田楽(その3)

西明寺時頼廻国伝説と水海の田楽(その3)

4池田町史跡亀山城跡池田町持越の亀山城跡(池田町指定史跡)
「西明寺」時頼廻国伝説については、『越前国城跡考』にもちゃんと記載があり、「西明寺時頼旅館(最明寺道宗)」として「一説には美濃国塚村海道関守屋敷トモ云フ」と異説も紹介されていますが、水海村ヨリ二町計東方ニ十五間四方計之所二十間ニ十間計之所有としています。

これは今の水海にある鵜甘神社の付近をさすと思われます。時頼が諸国行脚の折に大雪に祟られて、身動きが取れず冬をやり過ごすことになったと言います。

能舞を伝えたというくだり以外は、時頼がこの地に立ち寄ったという出来事は大いにあり得る話で、本当だとすれば、大変面白い話ですね。歴史の醍醐味が伝わってきます。

何の根拠もなしに、ということではなく、この場合はいろいろとさもそれらしい背景がちゃんとあって、そこからこの話が出来上がっている…。悪源太義平の「青葉の笛」と同様、ありそうであり得ない、いや、あったかもしれない。
そういうところでひとまず、妄想を置くことにします。

水海の鵜甘神社を訪ねる途中に、写真の亀山城跡の横を通りました。場所は国道476号で南に走行中のことです。足羽川が持越のところで大きく蛇行する、首根っこの位置にあります。遺跡の入口のところには説明板が立っていて、「池田町指定史跡亀山城跡」と記してありました。

あれ、ここは持越城のはずだが…、亀山城とは?
指定が昭和40年とのことだそうで、福井県が遺跡の悉皆調査を実施したのが平成3年。以前から「亀山城」だったのに「福井県の遺跡地図では「持越城」として記載した…?

説明板には、切り通しを挟んで、西側の山上にも山城の遺構がある、としています。近いうちに確認する必要がありそうですね。

5梅田氏庭園の前池田町谷口の梅田氏庭園の前から(国指定名勝)
さらに進んで、水海集落に入る手前の集落、谷口のところには中世の館跡の風情を残す民家の奥に国指定の庭園をもつ、梅田さんの邸宅が見えました。一見すると、家の前からでは説明板を見ない限り、気が付かず通り過ぎてしまいそうな場所です。(この項続く)
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COMMENT 2

midorishako  2015, 05. 03 [Sun] 15:30

鉢の木

北条時頼の話ですね。「鉢の木」の話が有名ですが、時頼は福井にも来ていたのかもしれないのですね。小学校の教科書でも「ご恩と奉公」のお話として必ず登場する話です。「雪に祟られて」とありましたが、まさに鉢の木と同じ状況です。子どもたちに、「福井にも『ご恩と奉公』の話があったかもしれないね。」と紹介すると、子どもたちのやる気がちがってきますね。

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城歩きマン  2015, 05. 04 [Mon] 09:27

midorishakoさん、コメントありがとうございます。
時頼の廻国伝説と謡曲「鉢の木」の話は、確かによく似た内容で、どちらかがダブらせているのかもしれません…。

ま、浦島伝説や桃太郎の鬼退治のはなしも、結局根っこでは同じですから、こうした話がどんどん編纂の対象になったのかも。

しかし、北条氏の荘園が大野にあったのは事実。道元さんと時頼が鎌倉で出入りがあったのも事実。北陸に出かけてきたというのもまんざら作り話とも思えませんねえ――。

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