西明寺時頼廻国伝説と水海の田楽(その4)

6池田町水海鵜甘神社池田町水海鵜甘神社境内、拝殿
鵜甘神社は、実は同じ名前のものがもう一ヶ所あります。
南越前町(旧南条町)の堂宮にある鵜甘神社。まったく同じ名前で、ややこしいのですが杣山の入口から北に約1㎞の堂宮地区の山の付け根にあります。

こちらは南北朝期の杣山城主、瓜生保が崇敬していたという神社です。瓜生保が寄進したという「黒漆塗日供椀一揃」があって、他にも能楽面の「王の面」(県指定有形文化財)が残されていて、鯖江市加多志波神社とともにこちらもよく知られています。時代が少し下るので時頼さんとは直接の関係はないのかなと思います。

7鵜甘神社拝殿同町水海鵜甘神社拝殿(西南から)
城歩きマンは、神社の付近に何か、時頼さんに関係した遺跡が残っていないか、案内板でもないかしら、と思いながら歩いてみたのですが、ちょうど時間が午後の昼下がり。村の人は誰も表に出ていなくて、シーンと静まり返っています。200mほど歩いてみて、何も見つからなかったものですから、ここは諦めて、次の目的地へと移動することにしました。

9鵜甘神社境内同町水海鵜甘神社境内(東から)
移動する道すがら、車を運転しながらつくづくと考えてしまうのですが、一体にこうした伝説、伝記が残っているのはじつは大変稀有なことではないか、と…。

当時は人の行動や、足跡などはいろいろな機会や、色々な人の手によってさまざまな形で記録されたり、痕跡が残されたりするのでしょうが、時が経過するたびに焼失したり、盗まれたり、破壊されたりしていってわずかな記録しか残らなくなっていく。まったく無くなってしまったものもきっとあるでしょう。

そうしたことで、後世の我々はいろいろと憶測したり、あやふやなもの、として意識の外に追いやってしまう――。
どうせ伝承だから…。むかしの言い伝えだから…。マ、本当かどうかわからんけど…。

次に訪ねる予定の「祇王・祇女の屋敷跡」もそのような部類に入る伝承地のひとつです。
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