越前大野城の踏査

越前大野城の踏査

13大野市主要山城分布図
平成27年8月4日(火)思うところあって、大野市の大野城へ行ってきました。

大野城は戦国時代末、天正3年(1575)に越前を再制覇した織田信長が、その支配のために越前八郡は柴田勝家に与え、府中は佐々、不破、前田の3人に、大野は金森長近と原惣右衛門の2人に与えました。

金森長近は最初、戌山城に入りましたが、天正5年頃にはすぐ東にあった小さな亀山の丘上に新しく城を築きました。そして東側麓下に城下町の建設も同時に進めました。天正12年にはようやく完成したようですが、長近は飛騨へ移封となり、城主は長谷川秀一、青木一矩、織田秀雄と続きます。

14大野城北登城口案内図
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの後、結城秀康が北ノ庄城に入封し、大野には土屋正明が城代として入りました。
寛永元年(1624)大野藩が立藩され、同12年に秀康の5男直基が大野城主として入城します。そして天和2年(1682)土井利房が大野城主として入城し、以後明治まで土井氏が大野を支配します。

5大野城本丸から見た戌山城大野城北側中腹から見た戌山城
大野城は戦国時代の末頃に築かれた平山城ですが、中世山城の性格を色濃く残す、近世城郭との中間的な位置付けができる城跡と言えるでしょう。
今回、大野城をそうした視点で再度歩いてみることにしました。何か新しい発見があるかもしれないと期待は大きいのですが夏の真っ最中でもあり、踏査の条件は最悪で、首尾よく目的が達成できるかどうか自信はありませんが、ボチボチやってみることにしましょう。
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