越前大野城の踏査その3

越前大野城の踏査その3

12大野城西側登城口西側登城口
大野城は、標高250m(比高差約70m)の亀山丘陵の尾根線上に築かれた連郭式山城の形態をとっています。通称亀山の独立した丘陵の上に立地しているわけですが、亀山とはよく言ったもので、遠くから見ると本当にもっこりとした小山のかたちをしています。

全体に尾根線から下の裾に向かう斜面は急傾斜で、特に東側の斜面は斜度も強く、上り下りがとても難儀します。

今回の踏査では、今までほとんど利用したことのなかった北側と西側の登城口を両方歩いて、山全体の形状を詳しく観察することにしました。

7本丸城門跡本丸城門跡
通常は大野城の場合、正面の二ノ丸(現有終西小学校校舎)側にある遊歩道を歩いて登るのですが、反対側の北、西側斜面のことがよく分かっていなかったこともあり、夏の盛りで葉っぱが生い茂って見通しは最悪の状態ですが、とにかく見てみないことには…、ということで歩いてみました。

案の定、斜面の様子は大半見通しが利かず、よく分かりません。ただ、収穫もたくさんありました。

8城址公園遊歩道城址公園遊歩道(東側斜面)
8月4日(火)の第1日目に歩いたのは、西側の登城口からの上り道で、九十九折れの坂道や、最短直登コースと書かれた階段の道がありましたが、城歩きマンは九十九折れの坂道をえらびました。
この坂道の途中の、位置的には本丸の真西あたりの中腹に腰曲輪状の小さな平坦地があることが分かりました。これは富山の佐伯さんが歩かれた縄張図(『16世紀末 全国城郭縄張図集成 上』福井県)にもちゃんと図示されていましたが。

6大野城本丸武者登り口本丸東武者登り道
そして、もう一ヶ所は、やはり本丸の真西の方角の斜面に幅約2mほどの浅い竪堀状の窪みが遊歩道に断ち切られた形で伸びている様子が伺えました。
葉っぱが落ちる冬か春先にもう一度確認しなければ断言できませんが、本丸の煙硝櫓跡のある位置から少し東に寄った大手石段の門に関係した遺構かな、と思わせるものです。

一体に大野城は、高石垣に守られた本丸の遺構と、それに前後して階段状に北東から南西に向かってならぶ曲輪群とで構成された城郭です。城址公園として整備されていますので、どこまでが遺構として残っているのか判別は難しい状況で、明らかに積み直された石垣もあって、見学者にはこの点を明記して説明した方が分かりやすいとも思います。
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