美浜国吉城周辺を歩く(1)

美浜狩倉山砦跡遠望(南から)国道27号線沿いの狩倉山砦跡(南から)
平成27年10月7日(水)久々に、本当にひと月ぶり以上でしょうか、大野城へ登ったきり、ご無沙汰していた山歩きに出かけました。場所は、福井県美浜町の佐田と北田の境界にあたる、国道27号線沿いの狩倉山砦です。

この城跡は戦国時代に朝倉氏が若狭へ侵攻した折に、国吉城を攻めるために築城した陣城とされています。『福井県の中・近世城館跡』や、美浜町の国吉城資料館が出している刊行物などに掲載されている縄張図によると、尾根の先端部の平地に二重に廻る堀跡が示され、県内では最も特異な形態をもつ山城と言われています。

狩倉山二重堀(内側)二重堀(内側)
実際、城歩きマンもいろいろと県内の山城を歩いていますが、このような二重の堀跡が曲輪をとりまいて巡っている形態は滅多に見たことがありません。

狩倉山二重堀(内側)2二重堀(内側2)
現地に立って、堀底を歩いていると、いまでもしっかりと遺構が残っていて、周りは雑木が生茂って結構歩きにくいはずですが、余り苦にはなりませんでした。

現地は北田集落に向かう谷道を国道から少し歩くと、小さな山路があって、そこから藪をかき分けて登るといった感じです。
しかし、山城自体は標高が70m前後と低いので、城跡に着くまで時間はほとんどかかりませんでした。

全体を歩きながら考えたのですが、この城の正面、即ち入口部はどこになるのだろうか、と。
堀に取り付く土橋の部分とは考えにくく、いろいろと外側の土塁を見てみたのですが、よく分かりませんでした。はっきりした虎口部分はありません。

狩倉山砦二重堀内側にかかる土橋二重堀内側の土橋(主郭部から)
一部に内側で土塁が切れている場所があり、そこがそうかなとも思いましたが、外側の土塁が切れていません。堀が一周しています。
国吉城をにらんで、中山の付城と連携した見張り台のようなものと考えれば、虎口部がハッキリしないのも仕方ないのかな、とも思いますが、やはりそれは違うでしょう。
我々の観察が甘いのだろうと思います。次回にはもっと詳しく踏査する必要があるな、と思いながら帰路につきました。

曲輪のまりを堀で二重、三重に取り囲むと言った防禦形態は、有名なものでは静岡県の田中城がよく知られています。県内では他に例が知られていないのですが、福井市天目山城跡には二重の堀らしき溝に囲まれた曲輪があるのが指摘されています。

いずれにしても県内では稀有な例であることには間違いありません。

国吉城周辺の山城国吉城周辺の山城
今回は思いがあって、国吉城周辺の山城を何ヶ所か廻ってみたいと思っています。

編集_狩倉山の付城(YAHOO地図からコピー引用し、一部を改変しました)
説明が後先になりましたが、狩倉山の付城は敦賀の関峠を越えて西に27号線を走ると、佐田から敦賀半島へ向かう分岐の手前にあります。道路から少し奥まった位置にありますので、うっかりすると見落としてしまいそうですが、山城への登城道はあまり難しくはありませんでした。

とにかく、二重堀が巡る遺構の存在感は圧倒的で、印象深い山行きとなりました。
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