美浜・国吉城周辺を歩く(4)

中山の付城跡位置図YAHOO地図をコピー・引用し、一部を改変して使用しました(赤点線:登城路)

平成27年10月9日(金)美浜周辺の山城歩き、第2日目。
美浜町佐田と門前・太田の集落境界に連なる、芳春寺山の山頂部’中山の付城’へ登りました。

2芳春寺裏山(中山付城)芳春寺裏山にある中山の付城(矢印)
敦賀から北陸自動車道を下りて、美浜・小浜へ通じる金山バイパスをまっすぐ西へ向かいます。佐田トンネルを抜けたところで、バイパスを下りて、門前集落手前にある芳春寺をめざして進みます。

芳春寺は禅宗(曹洞宗)の寺院で、南越前町宅良の慈眼寺の末寺とされています。『国吉籠城記』という古文書には、永禄7年(1564)朝倉義景が若狭に侵攻し、この地に砦を築きましたが、翌永禄8年には国吉城主粟屋勝久の攻略によって焼失した、とあります。この時、義景は最初に芳春寺に陣を張ったと言います。

ですから、この中山の付城は朝倉氏の築城による山城である、ということが定説となっています。

1芳春寺付近から若狭湾側を望む芳春寺付近から若狭湾方面を望む
芳春寺山から国吉城へは、直線距離にして約2㎞で、岩出山砦や狩倉山の付城などは指呼の間にあります。

3芳春禅寺入口芳春禅寺入口
折角でしたので、芳春禅寺の境内を見学することにしました。山門から本堂まではけっこうな距離があり、境内は一円、広々とした感じでした。
4芳春禅寺本堂芳春禅寺本堂
参拝を済ませて、いよいよ登城することに…。
しかし、寺の周辺をアチコチ探したのですが、登城路らしき道が見当たりません。城跡へはどうやって上っているのだろうか?
そんなことをあれこれ考えながら、北側のほうへ向かって歩くと、電気柵に囲われた小さな山道が見えてきました。
ここかな…、?と思いながら、試しに登っていくことにしました。(続く)
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