ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ10月現地見学会(第8回)の下見

ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ10月現地見学会(第8回)の下見

19ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ(現地見学会)
10月21日(水)午前10時30分、22日(木)に実施予定の福井新聞講座「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」の第8回現地見学会の下見を兼ね、時間配分の確認をするため再度現地を歩きました。

集合場所にしている丸岡城については、知名度もあり、講座生が間違えることは万に一つ、ないだろうと思いましたので、そこはオミットして、長崎集落にある時宗の長林山称念寺からスタートしてコースの確認を行いました。

10本荘城跡の北を流れる竹田川(ブログ用)本荘小学校北西隅から竹田川を望む
このコース下見のときに立ち寄った本荘地区の堀江氏の居館跡(本荘城跡)に墓所があるというので、その位置を確認しました。

11本城跡に残る堀江氏墓所(ブログ用)本荘小学校西側プールの脇にある墓所
春日神社の境内は広くて、本荘小学校の敷地もグランドの中を横切って歩かないと向こう側へ行きつけないほどの場所です。
堀江氏の墓所は、このグランドの西側の端にありました。かつては、墓のあるところには北の竹田川から、南北に用水が引かれていて、土塁が並行して残っていたようですが、今は削平されて痕跡もありません。
墓所には4基の石塔が立っていました。

12堀江氏墓所の碑 (ブログ用)墓所の脇にある平泉さんの碑文

13堀江氏墓所の墓塔群(ブログ用)堀江氏関連と伝わる墓塔群
だれか、武将名の分かるような名前が刻まれていないか、探したのですが、どの石塔にもそういった文字は見当らず、「越前式荘厳」と呼ばれる装飾の円形の模様がかすかに確認できただけでした。

石塔はよく見ると、いろいろな形式の石塔をあちこちから集めてきて、積み上げたようで、組合せ五輪塔、宝篋印塔、笠塔婆など、種々の石塔の形式が認められました。しかも、石材も越前ではこの時期、シャクダニ石と呼ばれる凝灰岩がほとんどを占めるなかで、この墓石は、凝灰岩性のものは少なく、安山岩製かと思われる材質が目立っていました。
室町末期から戦国時代にかけては、越前では、どこに行ってもシャクダニ石の一石五輪塔が席巻するなかで、別の石が多いというのもちょっとした驚きでした。

17龍雲寺(堀江氏菩提寺)ブログ用堀江氏の菩提寺と伝わる龍雲寺

18龍雲寺山門(ブログ用)龍雲寺山門
型式編年としては、14世紀末ごろから15世紀にかけてのものと見受けられ、法名などは、直接紙に書いたものを石塔に貼りつけて死者の供養をしていたと考えられ、石に法名を刻まず、貼りつけた紙は腐食してしまうので見かけ上無銘のものが多いとのことです。
また、墓石にいくつかの種類が見受けられるということは、この付近が墓地になっていて、数多く石塔が並んでいた可能性があります。

14本荘地区春日神社鳥居(ブログ用)春日神社正面鳥居
堀江氏の居館がいつの時点で番田からこの本荘地区下番に移ったのか、確かな記録はありませんが、少なくとも永禄10年(1567)に朝倉義景と堀江景忠が溝江氏の居館とこの中番、下番の居館に布陣して戦ったという記録から見て、滅亡直前には本荘地区に移っていたことは確実だろうと思われます。

16本荘地区春日神社本殿(ブログ用)修復工事後の春日神社本殿(南東から)
今回は下見のつもりで出かけた遺跡巡りでしたが、見落としていた堀江氏の墓所も確認でき、またその中身もどんなものか知ることができて、いろいろ収穫の多い一日でした。
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