愛媛県湯築城の見学

愛媛県湯築城の見学

湯築城資料館パンフより湯築城資料館発行「道後公園 湯築城跡」案内パンフより
二番目に訪れたのは、道後温泉の入口にある湯築城跡です。
この城跡は、中世伊予国の守護であった河野氏が、南北朝期から戦国時代に至る約250年間、この地を支配し、居城とした城跡です。

編集_47道後温泉彩朝楽道後温泉「彩朝楽」
秀吉の四国平定により、湯築城の河野氏も秀吉方の小早川軍に降り、小早川隆景が城主として入城しますが、その後福島正則が代わって湯築城に入り、さらに正則が伊予北部の国分山城に移転後にはこの城は廃城となりました。
加藤嘉明が松山城を築城する際に、湯築城の建築部材を再利用したと伝えられています。

編集_湯築城入口湯築城入口
湯築城は一見して、不正円形のプランをもち、二重の土塁、堀で囲われた特異な平山城です。静岡県の田中城も三重の堀、土塁で囲われた円形のプランをもつ城郭ですが、それをミニチュア化したような構造となっています。

南北約350m、東西約300mの範囲のなかに標高70mの小丘があり、これを主郭とする城郭とみられています。
当初は山城部分だけでしたが、16世紀の前半代頃に堀、土塁を築いて裾部には家臣団屋敷を配置して、現在の状況になったと考えられています。

編集_39湯築城資料館湯築城資料館と史跡公園
明治の廃藩置県後、湯築城跡は植物園や動物園として利用されていましたが、昭和62年に動物園が移転したことが契機になって、跡地利用を計画するために大規模な発掘調査が実施されました。その結果、前述のように遺構の貴重な性格が評価されて国史跡に指定され、本格的な史跡公園としてよみがえりました。

編集_43武家屋敷(南東から)整備された武家屋敷
史跡内には資料館が建てられ、発掘調査の結果出土した遺物などが展示されています。
この資料館から堀、土塁に沿って公園内をぐるっと一周することができ、中央の小丘上には展望台も設置されていますので、松山市内を一望に見渡すことができます。

編集_46道後温泉彩朝楽から松山城を望むホテルから朝もやの松山城、湯築城を望む
公園の北端には司馬遼太郎の「坂の上の雲」で知られる正岡子規の記念博物館もあって、「坊っちゃん」ともども文学散歩にはもってこいの環境になっています。
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