若越城の会「2月学習会」開催!

若越城の会「2月学習会」開催!

若越城の会の2月の学習会が敦賀市立博物館で開催されました。

博物館の3階にある講堂で午後1時30分から、2名の講師を招いて実施しました。参加者は13名でした。
話の一つ目は、この3月に城の会が予定している現地見学会「上平寺城」の予備学習として行うもので、米原町教育委員会から高橋順之さんをお招きして、そのものずばり、上平寺城と京極氏についてお話していただきました。

敦賀市博パンフ(表)敦賀市立博物館パンフ

高橋さんは京極氏館跡の調査を実地にやっておられる調査員で、生の話を聴くことが出来ました。また、上平寺城は戦国時代の京極氏の居城であり、かつ戦時の詰城として機能していましたが、同時に弥高寺の寺域の範囲に入っており、境内の一部にあって防禦施設に成長した城郭でもあります。安土にある観音寺城や多気町にある敏満寺城など、近江にはこうした寺院と城郭遺構が重なっていたり、一部であったりする例が比較的多い土地柄です。

2016年2月14日城の会学習会1敦賀市博物館講堂(3F)
上平寺城もこうした性格をもつ城郭として、とても興味をそそる山城です。3月の第3日曜日に見学する予定になっていますが、このところ、また北陸では雪模様になってきました。

これが長引くと雪が残り、3月の現地見学会も2,3年前の木之本町の田上山城見学会のように中止になる恐れがあります。これからの天候がとても気になる今日この頃ですね。

2016年2月14日城の会学習会2講演風景
もう一つの話は富山市の佐伯さんの飛び入り参加での講演で、最近佐伯さんが歩かれた越前の山城のなかで、構造的に面白いことが分かったので、皆さんにお話ししたいとのことで、急遽時間をとって話をしてもらうことになりました。

題して「越前国の馬出城郭について」です。
佐伯さんが福井の山城を歩いていて気付いたこととして、この「折れ」を伴う馬出状の平坦地と虎口構造がいくつかの山城にみられること、こうした遺構はとても特徴的で主郭部の防御構造の発展したかたちとみることが出来ると言います。

最近になって、朝倉氏関係の城郭に食違い虎口や、折れをもつ出入口をもつ山城が指摘されていて、朝倉氏の城郭のひとつの特徴ではないか、と言われ始めています。福井県、特に戦国時代朝倉氏の山城築城に関する、こうした話題が活発に進められることはとても歓迎すべき事だと思われ、今回の佐伯さんの話も、興味深く拝聴することが出来ました。
スポンサーサイト

COMMENT 2

闘将!刑部  2016, 02. 20 [Sat] 12:37

Re:若越城の会「2月学習会」開催!

14日に学習会を開催されたのですね。
参加させてもらおうかなと思っていた次第で、残念です。

折角リニューアルオープンされた新生の敦賀博物館の講堂の公の場で催されたとのことですので、もっと事前の広報をしておき、非会員の方にもお越し頂くようにして、お城にご興味の方に出会うことができましたなら、勧誘をするなどもっと外交的な形を取られた方が良かったのではないかと思いました。

さて、富山の佐伯先生も飛び入り参加ということですが、この方は富山全域、岐阜飛騨地方、石川能登方面等といった北陸を中心にご活躍されている方で、佐伯さんの描かれています縄張り図をご覧いただくとお分かり頂けるかと思いますが、お城に対する熱い気持ちというものが非常に伝わってきます。
現在は、「北陸城郭研究会」の会長もされてます。
熱のこもった独特の目線で分析しお城を分かりやすくご説明いただけて、富山の砺波にあります国史跡『増山城』で解説ボランティア団体の「曲輪の会」の顧問も務められていて、北陸のお城については第一研究者と言って過言ではないと思います。

「折れ」を伴う馬出状の平坦地と虎口構造が朝倉氏の構築した城の特徴というお話をされたようであり、確かに県外のお隣の滋賀県と岐阜県の境にあるお城の長比(たけくらべ)城の織田軍を迎え撃つために朝倉氏が改修したとされるお城に例をとっても、明確な食い違いの虎口が見られます。
畝状竪堀を多用しているという特徴だけではなく、朝倉氏城の新たな特徴が分かってくることに今後も期待しワクワクしますね。

上平寺城や佐伯先生のお話を聞きたかったなぁ~。

Edit | Reply | 

城歩きマン  2016, 02. 23 [Tue] 20:42

No title

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。

是非、参加していただきたかった講演会でした。米原市の高橋さんの話は実際に京極氏遺跡の発掘調査員の生の話が聴けた、という点で感謝感激でした。

第2には今度の3月の見学会の予備学習という意味でも、興味深い話になりました。

そして、富山の佐伯さんの話は、福井の山城に関するとても貴重な情報提供、ということで、これもとても素晴らしい話になりました。

願わくば、こうしたことをきっかけにして福井でも山城に関する議論が活発になればと願わずにはいられません。

Edit | Reply |