三重県亀山城跡の見学

三重県亀山城跡の見学
編集_IMG_20160224_0001_NEW亀山市まちなみ文化財室発行のしおり
平成28年2月22日(月)は三重県北勢地方の城館めぐりの旅で、亀山城跡を訪ねました。

編集_IMG_20160224_0004_NEW亀山市博物館・解説シートより
17伊勢の城めぐりの旅(亀山神社)城主石川氏を祀る亀山神社
亀山城は旧鈴鹿郡に属し、鈴鹿峠、鈴鹿の関など東海道の要所にあって、古代以来、重要な役割を果たしてきたところです。
亀山市の中心部、亀山駅のすぐそばにホテルをとり前泊しましたが、朝食のときに食堂の窓から市街地の方角を眺めていましたら、亀山城のある高台が見通せて、起伏に富んだ丘陵地帯だったんだナと改めて感じることが出来ました。

18伊勢の城めぐりの旅(亀山歴史博物館)亀山城のすぐ北にある歴史博物館
また前日の夜、亀山市に在住の40年来の大学時代からの懐かしい友人と久しぶりに再会し、旧交を温め合いましたが、その友人の計らいで亀山城など市街地を案内してもらうこととなり、早速近くにある亀山城跡から訪ねることにしました。

19伊勢の城めぐりの旅(亀山城本丸多門櫓)亀山城本丸多門櫓(東より)
20伊勢の城めぐりの旅(亀山城本丸多門櫓2)亀山城本丸多門櫓(西より)
亀山城は、鈴鹿峠の関所のすぐ近くにあり、東海道の要所としてよく知られていますが、ここを治めていた関氏が最初に築城し、後に戦国時代になってから織田信長の侵攻により関氏は織田氏に服属します。その後内紛により関氏が追放され、代わって滝川一益が入城します。滝川一益は佐治新介に亀山城を守らせますが、天正11年(1583)秀吉軍の攻撃により落城、一旦はもとの城主関一政が復帰しますが天正18年(1590)の蒲生氏郷の会津移封に伴い、奥羽白河へ転封します。

21伊勢の城めぐりの旅(亀山城本丸三重櫓跡)亀山城本丸三重櫓跡
この時亀山に入城したのは秀吉の家臣岡本良勝宗憲で、若山にあった城(現在古城として保存されている場所)から現在の地に移り、新たに築城を行ったのが現亀山城だということになります。

22伊勢の城めぐりの旅(亀山城古城跡)亀山城・古城跡(東より)
2013年から亀山城の本丸にある多門櫓跡の保存修理作業が終了し、白壁に映える多門櫓が見学できる、ということで朝早くに現地を訪れました。曇り空で肌寒い天候でしたが、この多門櫓跡から順に本丸三重櫓跡、本丸北側の内堀部分(現菖蒲園)をまわり、亀山市立歴史博物館から古城のある若山を訪ねました。大きな土塁状の高まりが残っていて、雰囲気が漂う遺構と思われました。次の見学地のこともあり、じっくり時間をかけて、というわけにもいかず駆け足での見学になりましたが念願の多門櫓跡や、そのすぐ下をとっていたという東海道の跡を自分の足で確認することが出来て大満足の見学行になりました。
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