三重県北勢の城館めぐりの旅・津城跡

三重県北勢の城館めぐりの旅・津城跡

平成28年2月22日(月)亀山市の川崎にある峯城跡を見学した後、亀山市街のファミリーレストランで昼食をとり、その後は知人とも別れて中勢の津城跡へ向かいました。

27伊勢の城めぐりの旅(津城跡西ノ丸)津城跡西ノ丸(南西から)
津城は亀山市の南、錫杖ヶ岳(標高676m)辺りを水源として、中勢の伊勢平野南部を東流して、安濃津へ流れ出る安濃川の河口にあります。
津城は別名安濃津城とも言われ、戦国時代永禄年間に伊勢の国人長野氏の一族であった、細野藤敦によって築城されたのが始まりといわれています。その後長野氏の養子として伊勢に入った織田信包が入城して城の修築に着手します。

28伊勢の城めぐりの旅(津城跡西ノ丸入口)津城跡西ノ丸入口にかかる土橋
さらに関ケ原の戦いの後、慶長13年(1608)に藤堂高虎が伊賀、伊勢を領して両城を大改修します。藤堂氏はこの後明治まで続き、現在、本丸、西ノ丸、内堀、天守台跡などが残っています。
周りはすっかり市街化されていて、車の置き所もなく、簡単には駐車場も見つからないので、城跡の南にあった津地方法務局の駐車場に停めさせてもらい、しばらくの間、津城跡を見学しました。

29伊勢の城めぐりの旅(津城跡本丸北側土塁)津城跡本丸北側土塁
30伊勢の城めぐりの旅(津城跡本丸北側内堀)津城跡本丸北側の石垣と内堀
寒さは感じませんでしたが、空は曇り空でせっかくの城跡の堀も石垣も少し色あせて、良いシャッター日和とはいきませんでした。
西の丸入口から入って、津藩の藩校の正門だった入徳門をくぐって、東側にある本丸公園に向かいます。本丸公園の北側は長い土塁と石垣が残り、内堀が北、西に規模が縮小されて遺存しています。伊賀櫓跡が中ほどにありますが、ここは本丸への入口、西鉄門があったところで内枡形に土塁、石垣が設置されていたようですが、今は取り払われています。本丸北東隅には丑寅三重櫓、東門跡には東鉄門多門櫓跡があり、ここに模擬櫓が建てられています。

31伊勢の城めぐりの旅(津城跡丑寅櫓説明板)津城跡丑寅櫓跡説明板
32伊勢の城めぐりの旅(津城跡復興櫓)津城跡復興模擬櫓
高虎入城350年を記念して昭和33年(1958)に復元されたそうです。もっとも、高虎が築城した城の忠実な復原建築ではないそうで、違和感はありますが、「お城公園」のシンボルとして市民に親しまれているもので、これはこれで観光客には誤解を与えない範囲で見てもらえれば良しとしましょう。

33伊勢の城めぐりの旅(津城跡天守台雁行石垣)津城跡本丸天守台石垣(南面から)
津城跡は三重県の県庁所在地にある城跡です。城歩きマンが最初に見た西ノ丸の石垣や堀の風景は、わが福井城跡の石垣や堀の風景とぴったり重なって、とても親近感を覚えました。
折しも石垣裾の犬走と呼ばれる石敷きが見えていて、これも福井城跡の現在の石垣、犬走とぴったり同じ情景でした。
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