米原市上平寺城跡の見学(6)

米原市上平寺城跡の見学(6)

082本堂北側腰曲輪の石塔群本堂跡(本坊跡とも)の西側(腰曲輪)の石塔群
本堂から西の土塁を歩き、背後にある堀切を見ようとまず最初に現れたのはいくつもの、小型五輪塔や石仏が固まって残された場所でした。そこは腰曲輪にあたる遺構の上で、2ヶ所に分かれて石塔が遺存していました。本堂下にある各坊院の発掘調査では8世紀を中心とした須恵器の焼き物が多く出土して、古代の寺院跡だと説明がありましたが、今確認している石塔がその多くは中世の一石五輪塔や石仏群で、時代は確実に中世まで降るようです。

上平寺城の出城の位置付けのようですが、お寺も中世まで続いていた、という証だと思われます。

087本堂背後の大堀切(西側部分)本堂背後の大堀切
その石塔群の処を過ぎると、目の前にとてつもなく大きな堀切に出くわします。上幅で約⒑mはあろうかという大堀切です。
その東端には堀切から横に並ぶ竪堀群(計4条)が確認できます。畝状というより、竪堀を4つ横に並べた、という方が状況に合っているように思います。

094入定窟宝篋印塔他宝篋印塔安置所
092弥高寺大門跡弥高寺大門跡
大堀切を見た後、一旦元の本堂跡に戻り、そこから五輪塔や宝篋印塔がある小さな平坦地へも足を運びました。途中背丈ほどのススキやヨシが生えていましたが、春先で枯れていますのでさほどは苦になりませんでした。
そして、その後は山道を降り、弥高時の入口大門跡に到着。鍵の手の折れ曲がる構造で、ここも食違い土塁によって防禦されています。

周りはきれいに草が刈られていましたので、とてもよく観察できました。写真もとても鮮やかに写せました。

101弥高寺山麓悉地院弥高寺の引越し寺院(悉地院)
大門跡から先は、ひたすら下山です。途中から林道がありますので歩きはだいぶ楽でした。
それにしても登りも下りも道が急で、不断だと足がガクガクになって笑ってしまうのですが、その日はガクガクになることもなく、無事悉地院まで降りることが出来ました。

103いぶきの里文化資料館伊吹山文化資料館
さらにその後、弥高寺跡や京極氏館跡の発掘調査で出土した、という遺物が展示してある伊吹山文化資料館に立ち寄りました。小学校を跡地利用しているという小さな展示館ですが、発掘品を折角訪れた見学者に見てもらおうということは大事なことだと思います。
何気ないことですが、なかなかできることではありません。地元の熱意、この一言に尽きるものです。
ご案内下さった米原市教委のTさん、ありがとうございました。
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COMMENT 1

怜の父  2016, 04. 08 [Fri] 22:49

皆さん体力があり、今回飛び入り参加させて頂いた私らがバテていたように思えます。
上平寺城跡は地元の人達の手によって大事に手入れされていて、本当に見易い城跡ですね。小さな集落の人達により、あんなに広範囲に草刈りして頂いて本当に頭が下がります。以前、別の山城でも凄い人数のボランティアの人達によって登山道の整備をされてました。
滋賀県はこういう遺跡類を大切にするという意識が高いんですかね。
越前と北近江とは以前同盟を結んでいた事もあってか、私は滋賀県の人に対し勝手に親しみを感じてます。
米原市役所のTさんには本当に感謝しています(^^)

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