杉津・河野浦城砦群の踏査

平成28年4月5,6日(火、水)思うところがあって、敦賀市杉津、河野浦の城砦群の踏査を実施しました。
001杉津・河野浦城砦群の踏査杉津・河野浦城砦群の位置図
城好きの人なら、よくご存じかとも思いますが、戦国末越前の戦国大名朝倉氏が、織田信長の越前侵攻を阻止するために築いた砦跡、また朝倉氏滅亡後には一向一揆衆が再度侵攻してきた信長勢を食い止めるために築いた陣城、砦群がこの杉津・河野浦砦群です。

木ノ芽峠城砦群にしても、杉津・河野浦砦群にしても、どちらも越前の入口にあたり、これを突破しないことには越前に入れない。山越えか、湊廻りか、という差があるだけです。

過日、永禄年間の朝倉氏と若狭武田氏、また粟屋氏らとの攻防の舞台になった国吉城近辺の陣城、砦跡を踏査しましたが、今度は朝倉氏や一揆衆の織田信長との戦いの舞台となった杉津方面の城砦跡を再度、歩いてみようと思い、樹々の葉っぱが出てくる前、ということで5,6日(水、木)にとりあえず出かけてみました。

001山中峠トンネル入り口案内板山中峠トンネル入り口案内板
その際、新聞などで昨今話題となった旧北陸本線のトンネルが残っている、というので旧今庄町山中峠をクルマで抜けてみようと思い立ち、そこから杉津へ降りるコースを走りました。

002山中峠付近山中峠(いちおう車は通れるのですが…)
今庄の湯尾から敦賀の樫曲までは合計13本あり、この山中峠付近に集中してトンネルが並んでいます。果たして自家用車で通れるのか、と実際に走ってみたのですが、トンネルはとても狭くて、車の幅いっぱい。車同士の通り抜けはもちろん、人が歩いていても、接触してしまうほど狭いトンネルでした。
おまけに通行時の信号が正常に作動せず、途中で車同士が鉢合わせしたらどうしようか、と内心ビクビクしながら通り抜けました。

003岡崎山砦跡遠望
ようようの態でトンネルを抜けて杉津の集落に下りました。そして、目の前に岡崎山砦跡の山容が飛び込んできました。
003岡崎山砦跡位置図
標高80mほどの丘陵でしたのでそんなに難しくはないだろうと思い、入り口付近の道路わきに車を停めて、いよいよ登城です。
ところが、とてもとても。
村の人の話によれば昔、バブルのころに、リゾート開発をやって、山の中に道をつくったけれど、計画が途中で頓挫して、その後は全く人が入らなくなったとか…。

そのせいか、道は剣神社(丘陵の北の端)の上から先、藪漕ぎ状態で人が通れなくなっているではありませんか。
確かにブルドザーが削っていったような一定の幅の道があるのですが、雑草や自然木が生えていて、見通しも立たず、樹々の間を這い出すような格好で尾根を歩いてきました。
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