信州松本城の見学(2)

19松本城と内堀2016年4月信州松本城跡本丸天守と内堀(南から)
そば屋「川船」さんでお昼のそば定食セットを食べた後、お天気が回復したものですから、うれしくなって、もう一度お城の周りを歩くことにしました。

国宝にもなっている松本城はもともと、信州の豪族であった小笠原氏の居城跡でした。天正18年(1590)の小田原攻めの後、秀吉はこの地に石川数正をおき、近世城郭としての松本城が築かれ、その後も息子の康長の代にかけて本格的に城下町も整備され、また現在見るような左右対称のすばらしい天守建築の基礎が完成したと言います。

そういわれると、やはり美しい!

16本丸天守辰巳付櫓から二ノ丸を望む2016年4月本丸天守巽櫓の階上から二ノ丸庭園を望む
姫路城も美しいのですが、この松本城の美しさは力強いインパクトがあって城歩きマンの好みに合っています。
この日は雨にたたられて、ゆっくり見学できなかったことがとても残念です。きっと、またこのお城にやって来ようと誓う城歩きマンでした。

17本丸天守2階から堀を望む2016年4月本丸天守二階から内堀をのぞく
松本城が今日、現存天守十二城のうちの一つに数えられ、国宝として名が全国にも知れ渡っていることの裏には、民間人の功労者の存在があったと言われています。
最初、明治の廃藩置県後、松本城が払い下げ、売却の危機にさらされた時、市川量造さんたちの努力によってこれを買い戻す運動が行われました。
また、お城の保存管理がスムーズに進まず、荒廃が進んでいたときにも学校の教師であった小林有也さんらによって保存会が結成され、有名な明治の大修理がなされたと言います。

松本城は美しい城としてだれでも知っているお城ですが、やはりその陰には保存と整備に力を尽くした人たちの存在があったんだということ、同時に忘れないようにしていきたいと思います。
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