尾張・三河の城館めぐり(平成28年度若越城の会県外研修の下見)(3)

編集_名古屋研修旅行下見2016年5月 (8)愛知県新城市長篠城本丸跡
若越城の会の研修旅行の下見は、東三河の長篠城跡と設楽ヶ原古戦場跡まで来て引き返す予定です。
もう長篠城まで来ると、すぐ東側は静岡県です。浜名湖、浜松市には浜松城跡や三方ヶ原古戦場跡もあって、ここも捨てがたいのですが、どんどん見学先が増えてしまってキリがないので、一応区切りとして愛知県内でおさめることにしています。

長篠城は数年前の城の会の研修旅行で古宮城とともに一度訪れているのですが、今回は三河周辺の城館めぐりということで、近くにある設楽ヶ原古戦場と併せて見学することにしようと思います。

編集_名古屋研修旅行下見2016年5月 (10)設楽ヶ原古戦場跡に復元された馬防柵
設楽ヶ原古戦場跡は長篠城跡の西約4㎞の位置にあります。周辺はなんの変哲もない水田地帯で、山付きのところに細い丸太を立て並べた馬防柵が2,3段に渡って復元されて立っていました。
長篠合戦図屏風の絵にずっと長いこと慣らされてきたせいもあって、現実にこうして復元ジオラマがあってもあまり実感がなく、柵自体も少しチャチイものにみえるのはどうしてでしょうか?
もう少し当時の合戦をリアルに想像させる演出が足りないのでは…?と考えながら古戦場跡をはなれました。

編集_名古屋研修旅行下見2016年5月 (9)愛知県田峯城跡本丸に復元された御殿
下見の最後は設楽町田峯にある山城、田峯城跡を見学しました。
文明2年(1470)菅沼氏によって築城されたという山城で、標高約381mの山間地の奥に築かれています。菅沼氏は天正3年(1575)の長篠の戦いでは武田氏に従って従軍し、戦いに敗れた勝頼軍がこの田峯城に入城しようとしますが、菅沼氏家臣今泉道善の裏切りによって入城できず、武節城まで落ち延びたと言います。

城跡には御殿、門、物見台等々が復元されています。城歩きマンにとってはこんな山奥に何でここまでして城跡を整備したの…?と唐突な印象を受けてしまったのですが、よくよく城の歴史を調べていくと、この地方にはとても大事な歴史の秘話を残している遺産なのでした。

戦国時代には、この地域は、北は甲斐武田氏、東は今川氏、西は徳川・織田氏に囲まれ、三者の覇権争いに巻き込まれて揺れ動いていた土地柄だったということ。
調べて行けばいくほど、その地方の歴史上での出来事にも、ひとつひとつの思い入れがあるんだということをビビッドに感じた城歩きマンでした。

下見旅行はこの後、もう少し下調べをして見学コースとしてまとめていく予定です。さてさて、どんな研修旅行になることやら――。
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