「福井城の復元をすすめる会」に参加しました

6月5日(日)午後のひととき、福井市の国際交流会館で開催された「福井城の復元をすすめる会」の総会に参加しました。
入会して早3年経ちますが、昨年は用事が重なって総会に参加できませんでした。今年は何とか参加できました。

編集_2003_0101_040940-DSCF0696福井城本丸西南隅「坤櫓」跡
昔、城歩きマンが学生のころだったと記憶していますが、県庁の建て直しの計画があって(今の県庁舎のことですが)、これを建てれば福井城の本丸御殿があった地下の遺構が根こそぎ壊されてしまうというので、福井大学などの先生や学生さんたちが県庁舎の原位置建て直し反対、の運動をやっていたことを思い出します。

現在は「県都デザイン戦略会議」なるものが立ち上げられて、50年後の福井を見据えた県都づくりの計画を進めています。近い将来にも県庁の移転が話題に上り、今の福井城が本来的な城址公園に整備される日がいずれ来るものと、大いに期待されるところです。そして、出来るところから、というので福井城の西側、御廊下橋につながる山里口御門、櫓、土塀などの復元工事が始まっています。

県民会館のあった中央公園も再整備の工事が進められ、近く「御座所跡」の平面整備や西三ノ丸との間の堀なども平面整備されると言います。そして、便益施設なども充実させて、来るオリンピックや福井国体などに間に合わせるようにとのことですが…。

会議の後に研修会ということで講演がありました。
タイトルは「福井の観光まちづくり」というもので、市の観光文化局の局長さんによる講演でした。

これまで福井市は「住んでよし、訪れてよしの国づくり」を基本理念に観光施策を進めてきたと言います。
その後の周りの状況に合わせるために方向転換が必要になり、「また来たくなるまち ふくい」というキャッチフレーズに変わりました。

「県都デザイン戦略会議」が立ち上げられる前、福井城の復元が盛んに叫ばれました。それは福井駅前から見て、一番目立つものは福井城の東南隅にあった「巽櫓」だというので、これを立体復元しようという要望が上がり、有識者や駅前商店街の人たちがいろいろ動いていたことがありました。

今回、総会で出された会の資料には、昨年度県に提出された要望書の写しが添付されていて、そこには第一番目に「本丸西側石垣の土塀と坤櫓の復元」というのが掲げられてありました。

他の参加者からも質問があったのですが、前は巽櫓だったのに、今回坤櫓になっているがどうしてか、と聞かれ、事務局は、現在、県や市で福井城の西側で再整備や新たな復元工事を進めているので、それに見合った復元を要望するとし、巽櫓から西南隅にある坤櫓に切り替えた、ということだそうです。

なるほど、とも思いましたが、それならいっそのこと、両方の復元を掲げたらどうか、とも思いました。
いずれにしても静岡県の駿府城などの例もあります。JR福井駅が立派に整備されていっているので、それに見合った福井城の整備がもっとも今の福井市や県に求められていると思います。

それこそ、50年、100年の計に立ってきちんとした整備を望みたいのですが…。
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