「岩佐又兵衛展」を見学して(1)

岩佐又兵衛展チラシ岩佐又兵衛展チラシから
福井県立美術館にて、福井移住400年記念「岩佐又兵衛展」が開催されていましたので、7月30日(土)の昼下がり、熱い陽射しの中を出かけました。
福井移住400年記念、とは大そうなタイトルだな…、と思わなくもなかったのですが、岩佐又兵衛が時の福井藩主、忠直さんに招かれて福井にきてから400年経ったということのようです。
そして、8月7日(日)第2回目の美術館詣で。今回は昨日から展観が始まった『洛中洛外図屏風』(舟木本)を見るために出かけました。

「岩佐又兵衛展」は県立美術館では3回目だそうで、1回目は昭和59年、岩佐又兵衛の全貌を物語る、と題して開催されたもの。
第2回目は平成10年、又兵衛の後継者たちを中心とした絵師たちの動向をあつめた「岩佐派のゆくえ展」。
そして今度の400年記念展。

編集_怨念の絵師 岩佐又兵衛河出書房新社刊『怨念の絵師 岩佐又兵衛』表紙より
また平成22年(2010年)の5月23日(日)には福井放送会館6Fシアターホールで「ふるさと歴史講座 中島道子作家25周年歴史講座」が開催され、『怨念の絵師 岩佐又兵衛』を書いた本人の中島道子さんが本の再刊を記念して講演会を開きました。
この講演会では幕間に福井出身の女性歌手がミニコンサートを開いて、福井にも「ミュージシャン」と呼べる歌手がいるよとアッピールしていましたっけ…。
当日のプログラムは、
第1部 中島道子歴史講座 「明智光秀と私」
第2部 「横田はるな、ヒナタカコ」ミニコンサート
第3部 中島道子歴史講座 「怨念の絵師 岩佐又兵衛」(再刊を記念して)
となっていて、実に恥かしい限りですが、明智光秀について、その裏切りの汚名から人物像のイメージアップを図り、新たな光秀像を生みだす運動をしている人たちが福井にもいる、ということを知りました。作家の中島道子さんはこの運動の先頭に立って、光秀の再評価を精力的に進めているそうです。

岩佐又兵衛については特に福井で生まれ育った人間ではなく、しばらくの間越前で絵を描いて暮らした、というだけのつながりですが、何故か城歩きマンには惹かれるものがあって、展示会から帰ってきてすぐに、『怨念の絵師 岩佐又兵衛』(1992年刊行、河出書房新社)をもう一度読み返しました。

中島さんご本人にもすごく興味があるのですが、今回は、彼女が初期のころに書かれた『怨念の絵師 岩佐又兵衛』に強烈なインパクトを感じて、平成22年の講演会の後、会場で即売をしていたのを購入して読みふけったものです。総ページ271頁、特に短くもなく、長編でもなく、とても読みやすいボリュームでした。
中島さんが又兵衛の小説を書く気になった直接の動機は、又兵衛自身の生い立ちと、又兵衛が描き上げた『山中常盤物語絵巻』などの仇討ちものの作品が発散している強烈なリアリティと生々しい描写だと思われます。
そして、その創作へ駆り立てた原動力が又兵衛の生い立ちと無関係ではなく、怨念となって意識の奥底に沈潜していた…。
図録解説の受け売りですが、中島さんも「あとがき」の中でそのように述懐しておられます。<この項続く>
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