比企城館群杉山城の踏査

⑨2011年11月城の会研修関東の旅(杉山城跡2) (1)大手口に向かう城跡の入口にて
平成23年11月、関東の城館めぐり、ということで東京、埼玉、群馬の各都県をめぐりました。2日目は最初嵐山町の博物館を訪ねたのですが、あいにくの雨模様で、晴れ間を縫って菅谷館跡を急いで見学しました。
その足で、バスに乗って杉山城跡へ向かいました。



現地は玉の岡中学校の校舎のすぐ北側の丘陵一帯に広がっていました。標高は98.6mの丘陵台地となっていて、手前の中学校の入口近くでバスを降りて、徒歩で城山のほうへと歩きます。
城跡は東西約200m、南北約350mにわたってひろがり、最高所の本郭を挟んで、南北に長方区画の各曲輪が北二の郭、北三の郭、東二の郭、東三の郭、そして南二の郭、南三の郭というように矩折れを伴なう空堀、土橋、虎口などによって連結されて曲輪が並んでいます。
⑨2011年11月城の会研修関東の旅(杉山城跡2) (2)本郭の西側から堀と土塁
大手口は南東部出曲輪に設けられ、複雑な折れを伴う虎口構造となっています。

築城主は不明となっていますが、「椙山の陣」という古文書によると大永元年(1521)から同4年(1524)という年代が考えられ、史跡整備に伴う発掘調査の結果からも、これを裏付けるような成果が得られたと言われます。

⑨2011年11月城の会研修関東の旅(杉山城跡2) (4)南三の郭空堀と土橋
数年前からいろいろと議論が行われた城跡ですが、樹木が伐採されて、きれいに整備された城跡を窺うと、さすがに言われる通り、すばらしい構えの山城であることが頷けます。

⑨2011年11月城の会研修関東の旅(杉山城跡2) (5)本郭跡に立つ城跡の石碑
そのいちいちについては述べている暇はありませんが、城歩きマンは福井県敦賀市の刀根坂と滋賀県柳ケ瀬の境にある玄蕃尾城と同じような素晴らしい構えの城跡であることを、十二分に納得させられた山城でした。
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