赤穂市赤穂城跡の見学

赤穂市赤穂城跡の見学

赤穂市赤穂城跡パンフ赤穂城のパンフ
平成22年(2010)11月、今回の城館めぐりの大きな話題の一つは、赤穂市にある赤穂城の発掘調査と遺構整備が進められていて、国の史跡指定を受け、平成以降になって本丸庭園、大手門枡形、本丸門あるいは本丸厩口門や二ノ丸庭園等々と城跡の復元が大規模に実施されていることです。


赤穂城といえば、誰でもすぐに「忠臣蔵」を思い浮かべます。浅野内匠頭と吉良上野介との仲違いから、主君は切腹させられ、藩の取り潰しで職を失った赤穂藩の家臣たちが主君の仇討ちで奮闘するはなし。
その舞台となった赤穂城が復元工事も大詰めを迎えて、大規模に蘇りつつあります。その様子を目の当たりにして、城歩きマンは大変感動しました。

2010年11月城の会研修播磨、但馬の旅 (赤穂城2)大石神社本殿
旅行の2日目、ホテルを出て、一番目に訪れたのが赤穂城でした。三ノ丸の横にある専用駐車場へバスを横付けして、そこから本丸へ向かってそぞろ歩き。途中には大石神社があって、四十七士の石像(材料は中国製)が参道に並んでいて壮観でした。

2010年11月城の会研修播磨、但馬の旅 (赤穂城1)大石神社脇から見た大手隅櫓
神社を過ぎて二ノ丸門を抜けるといよいよ本丸です。本丸も大々的に復元工事がなされて、門をはじめ、本丸御殿、庭園、天守台跡等々がきれいに整備されていました。昭和46年(1971)に国の史跡に指定されてから、計画的な遺構復元整備が始まり、今日まで営々と工事が続けられてきました。

2010年11月城の会研修播磨、但馬の旅 (赤穂城3)整備が済んだ本丸御殿の平面整備と天守台
今後工事はまだ続くそうですが、赤穂城の全貌がほぼ姿を現し、歴史に名高い忠臣蔵の故地として一般の人たちが歴史に思いを馳せることが出来る空間を補償してくれていることに大感謝です。

これは余談ですが、赤穂城の本丸の縄張りは上から見ると一目瞭然ですが、あの北海道の五稜郭や長野県の龍岡城のような星形のプランをもった縄張だったそうです。南側の半分が星型で北側はコの字形のプランとなっています。いわば両者折衷のかたち。

実際現地へ行ってみて初めて知った、というサプライズな話でした。赤穂城は甲州流軍学に基づいて築城されたとされていますが、見れば見るほど五稜郭と似ている…。

五稜郭や龍岡城は幕末の話、赤穂城の築城は慶安元年(1648)。時代的に全く離れてしまうのですが、なんとも不思議な一致ですね。
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