奥美濃、飛騨路の城館めぐり

奥美濃長滝寺門前奥美濃長滝寺門前
平成21年(2009)9月21日~23日、連休を利用して奥美濃、飛騨路の山城踏査の計画を組みました。
むかし、現役のころに江馬氏館跡の発掘調査や東氏館跡の発掘調査でそれぞれに1回ずつ訪れていましたが、その後すっかりご無沙汰していて、どうなっているやら全く知らずにいたものですから、その後の様子を確かめたいと思い、踏査を実施することにしました。

また、畝状竪堀をもつ山城の性格と各地の傾向を把握したいという思いもありましたので、飛騨や奥美濃で知られる畝状竪堀をもつ山城について、一度じっくり登って確かめたいと思っていましたので、この際ということで実行することにしました。
21日の午前9時に自宅を出て、最初、大野にある佐開城(神明山城)を踏査する予定でしたが、いざ、現地にきてみたものの、地図だけでは登城する道がよく分からず、ウロウロしているうちに時間が経ってしまい、その日は佐開城の登城は断念することにしました。

奥美濃長滝寺境内案内板長滝寺境内の案内板
そこで次の目的地である奥美濃への途を急ぎ、まず白鳥にある長滝寺を見学し、その日は郡上市神路にある民宿に一泊しました。まだ季節は9月でしたが、天候も一日中曇っていたこともあって、夜は気温も下がって冷え込み、さすがに奥美濃は山が深いなァと思い知らされました。


翌日、神路から少し北にある旧大和町の明建神社、歴史資料館、古今伝授の里ミュージアムなどを見学した後、いよいよ篠脇城跡に登城しました。

篠脇城遠望(北から)旧大和町篠脇城跡遠望(北から)
朝方ふっていた雨も小止みになって、体調は万全ではなかったのですが、思い切って篠脇城跡の登城に挑戦することにしました。
しかし、心配したとおり、登りはきつく途中で何回も休みながら、這う這うの体で山頂まで登り切ることが出来ました。直登コースで勾配もきつく、ジグザグになってはいますが一気の上りは年配の方にはつらい登城道になっているようです。

城跡は遺存度も大変良好で、主郭部下の斜面にある畝状竪堀ははっきりと深く掘り込まれていて、分かりやすかったことを覚えています。
主郭や二の郭、畝状竪堀のある斜面には雑草が生い茂り、草刈りなどの手入れはまだなされていなかったせいもあって、横まきに歩くときには灌木に悩まされました。出丸とされる東側に堀切を隔てて並ぶ郭には灌木のせいでとても近づけず、せっかくですからここにも出入りができるようになればもっと見学しやすい城跡になるかなと思いました。<この項続く>
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