福井新聞講座「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」現地見学会について

見学会当日資料
福井新聞講座「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」の10月実施内容は毎年恒例の現地見学会です。

正覚寺(新善光寺城跡)正覚寺山門
龍門寺城跡龍門寺入口
見学先は越前市の市街地と東側の味真野周辺です。
古代から中世にかけて、越前国の政治・経済・文化の中心地であった「府中」とその周辺の城館をめぐります。
府中とは諸国に置かれた政治向きの役所である「国衙」の場所を指します。
古代には国衙のある場所は国府と呼ばれ、聖武天皇以後には仏教政策を広めるために基本的に各国に一ヶ所ずつ、国分寺・国分尼寺も置かれました。

越前市府中城跡他の踏査2016年4月 007龍門寺城跡説明板
府中総社鳥居府中総社鳥居
越前の府中は旧武生市駅前から市役所の周辺一帯と言われています。市街化が進んでいて、当時の様子を伝える遺構はほとんどありませんが、街区のそこかしこに残る旧地名や寺院、神社の由来から、かすかに当時の様子を偲ばせてくれています。
この府中一帯は鎌倉時代以降、守護所が置かれて越前一国の政治・経済の中枢であったわけですが、南北朝時代には南朝と北朝に分かれて覇権争いの戦場となり、多くの文化財や寺社建築が焼かれて荒廃しました。

小丸城跡遠望(南から)小丸城跡遠望(南から)
小丸城跡石碑2小丸城跡石碑
また、室町時代の越前守護であった斯波氏の家臣、朝倉氏が台頭してくると、いわゆる下剋上の世となり、応仁・文明の乱を境に再び府中は戦乱の巷と化し、主家と家臣たち武将の間で勢力争いが続きました。
この戦いは戦国時代の末まで続き、朝倉氏が滅びた後も一向一揆と織田氏の勢力によって府中とその周辺で戦いが行われました。府中はこのように中世から戦国時代の大半の時期、戦いの舞台となって安寧の日は長くは続きませんでした。

鞍谷御所跡土塁、空堀鞍谷御所跡の堀
鞍谷御所跡入口鞍谷御所跡入口説明板
今回「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」講座は府中に繰り出して、中世から戦国時代の戦いの歴史が色濃く刻まれている府中の街並みと周辺を歩いて、当時の繁栄ぶりを偲んでみたいと思います。

武衛山城跡遠望武衛山城跡遠望(味真野公園から)
武衛山城跡山頂部武衛山城跡山頂部
このブログをご覧になって、近くに住んでいるので一緒に歩いてみたい、ぜひ一度、講座に加わって武生周辺の名所・旧跡を歩いてみたい、と思われた方は福井新聞の文化センターにお問い合わせください。
詳しくは以下の住所、電話番号へ

福井新聞文化センター『風の森倶楽部』
〒910-8552 福井市大和田町52 福井新聞社2F
☎0776-57-5200 Fax0776-57-5201
Mail:info@kazenomori-club.jp


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