若狭町堂谷山城跡見学会に参加して

平成28年9月25日(日)国吉城歴史博物館講座と若越城の会が、合同で堂谷山城跡の見学会を実施しました。
平たく言えば、国吉城資料館の見学会企画に若越城の会が相乗りした格好の見学会です。

堂谷山城跡登城道2016年9月25日堂谷山城跡登城道を登る
堂谷山城跡長土塁2016年9月25日堂谷山城跡長土塁
天候が心配されたのですが、当日は秋雨前線が少し北に移り、晴れ間がのぞく登山日和になりました。
さすがに合同の見学会ということで参加者は32名にもなり、盛況のうちに行われました。


舞若道の気山トンネル北出口付近に駐車スポットがあって、ここに参加者が乗り合わせて集合しました。
ここしばらくの雨で山肌は濡れていましたが、久しぶりに山歩きが出来るということで気持ちも昂り、足元のことは少しも気になりませんでした。

堂谷山城跡尾根線から見た舞若道2016年9月25日尾根線上から見た舞若道
堂谷山城跡主郭部裾の礫群2016年9月25日主郭部斜面裾の礫群
堂谷山城跡二の郭土塁2016年9月25日主郭部手前の二の郭土塁(左側)
谷間の斜面(急登の山道)を少しずつ登って、なだらかな鞍部に出ました。この辺りは城域の東側になり、細い土塁が痩せ尾根に沿って延びている部分です。眼下には舞若道が弧線を描いて延びているのが見渡せました。

この痩せ尾根を西に移動すると二の郭、主郭部へとつながっていました。現状では1mに満たない低い土塁が周囲をめぐっており、主郭のところでは無数に礫が散乱していて、案内の人の話では一旦築かれた石垣が地震で崩れたか、城破りで崩されたか、どちらかでしょうとのこと。

堂谷山城跡二の郭西側土塁2016年9月25日二の郭虎口付近の土塁
それにしても人頭大の石がアチコチに無数に散らばっていて、仮に石垣が積まれたとして、角度はかなり緩いのかな、と思いました。石の中には石塔が混じっていて、やはり急場でかき集められた石材だったのかなと想像させられました。

堂谷山城跡大堀切2016年9月25日二の郭虎口下の大堀切(空堀・南から)
堂谷山城跡大堀切(北から)2016年9月25日同大堀切(北から)
今回の見学会で、何といっても印象に残った、素晴らしい収穫は主郭部の西側、食い違い虎口の下に掘られた巨大な堀切(空堀)でした。
幅10m、深さも最大比高差が10mにも達しようかというもので、最近訪れた三河の長篠城や岡崎城の空堀にも匹敵するような、見事な空堀でした。
案内の人の話しでも、若狭近辺ではめったに見られないほどの規模ではないか、とのことでした。
三方周辺や若狭の山城をいろいろと想い出してみても、尾根筋を切って遮断線を設ける堀切や曲輪の周りを囲む空堀にしても、これほど規模の大きなものを拵えることがあっただろうか、とつくづく考えさせられました。
言い方を変えれば、突如「出現した」ような違和感を感じさせてしまうほどです。

堂谷山城跡二の郭虎口(北から)2016年9月25日二の郭虎口(内側・北から)
堂谷山城跡二の郭虎口(東から)2016年9月25日同虎口(内側・南から)
案内の人の説明どおり、これは天正11年(1585)の賤ヶ岳の戦いに備えて、丹羽長秀の命で築かれた山城と考えてよさそうな城跡でした。

若狭町堂谷山城跡縄張図
その意味では今回の堂谷山城跡はとてもエポックメイキングな見学会になったのではないかと思います。企画された国吉城歴史博物館さんに感謝。
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COMMENT 4

midorishako  2016, 09. 27 [Tue] 14:29

深くて大きな堀

25日はお疲れさまでした。
最初の坂は急でしたが、あとは何とか登れました。

おっしゃるように圧巻は西側の横堀でした。
長篠城や岡崎城の堀も深くて大きいのですが、三河では他でも結構見られる堀です。徳川などの手がかかっている城に多いので、この城も徳川家康が活躍したころに、尾張・三河の武将によって造られたことが想像できます。
個人的には、先日見学しました上平寺城の堀切を思い出させていただきました。

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城歩きマン  2016, 09. 27 [Tue] 15:35

No title

midorishakoさん、コメントありがとうございます。
また、当日はお疲れ様でした。参加者が多いと見学も楽しさが倍増しますね。

さて、若狭の山城は基本的に連郭式の構造で、詰城として、いくつかの郭群が集まって、壮大なスケールをもつものもありますが、多くはありません。

他に畝状竪堀をもつものがあるのがひとつの特徴にもなっています。

そこへもってきて、今回の堂谷山城のように巨大な堀切、しかも「折れ」を伴う堀切、北側のほうに廻り込む様子から横堀と呼んでもいいような堀です。

石垣を積んだ形跡があるのも、この山城の性格を規定しているものかなと思います。
今後とも、若狭の山城は注目していきたいです。

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怜の父  2016, 09. 27 [Tue] 23:50

お疲れ様でした。
こんな山城が近くにあったことに非常に驚いています。
私はまだ躾ができていない甲斐犬の仔犬2頭を連れていたので迷惑をかけてしまうので今回は断念しました。
柴田勝家の北国勢に備えて丹羽長秀が築いたとの事、歴史を感じられる素晴らしい城ですね。
こんな立派な城が近くにあったとは本当に驚きです。発達した横堀を見に必ず訪れるつもりです。

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城歩きマン  2016, 09. 28 [Wed] 07:19

No title

怜の父さん、コメントありがとうございます。

今回の見学会は、本当に感動ものでした。滋賀県で、つい最近発見された高取山城跡(男鬼入谷城)ほどの規模はありませんが、ニュース性の重みは同じではないかと思えます。

今後、いろいろな方向で検討されることが出てくると思います。注目したいです。

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