新潟県下越地方の城館めぐり(4)

⑩2016年10月17日下越城館めぐり(大葉沢城跡) (9)畝状竪堀の手前にある大堀切
大葉沢城の核心部、畝状竪堀のある西半部の尾根に向かいました。

手前にある大堀切は、普済寺のある北側斜面に向かって、裾まで延びる長大な堀切で途中から竪堀になるようです。この堀切の堀底まで下りて、南側斜面から畝状竪堀が並ぶ方向へ進みます。

⑪2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(18)畝状竪堀が累々と…
ここから、ざっと120m奥まで累々と畝状竪堀が続くのです。堀の深さはおおむね1~3m、幅は約1.5m~3mといったところでしょうか。規模はだいたい形が揃っていて、不揃いなものは見当りません。地形に沿って、掘り込まれた畝状竪堀の位置は上下していますが、ほぼ等間隔に並んでいます。

⑫2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(20)雷神社下あたりの畝状竪堀群
大葉沢城の畝状竪堀もそうですが、一体に畝状竪堀の付け根辺りは必ずえぐられていて、人が歩くのにちょうど都合がよいように落ち窪んでいます。
この状態から見て横堀(空堀)が組み合わされている、という発想が出てきたのでしょう。なるほど、そういうようにも見えますね。

でも、城歩きマンには横堀(空堀)には見えません。もともと空堀が巡っていたものが、畝状竪堀を刻むことによって残骸として切り刻まれた形で残っている状態…?というように見えるのですが――。
今まで多くの畝状竪堀をもつ山城を見てきましたが、やはり、ここでも畝状と横堀を組み合わせたもの、という見方は出来ませんでした。

⑬2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(22)水平な面に刻まれた畝状竪堀
それが証拠に、上の写真のほぼ平らな面に刻まれた畝状竪堀、ここには横堀(空堀)が裾には巡っていません。少なくとも横堀と組み合わせて掘りこんでいるなら、ここにも横堀がなければならないと思うのですが、このあたりに来ると明確な横堀と思えるものはありませんでした。

⑭2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(21)水平な場所(ここでは段曲輪と呼ぶべきでしょうか)に刻まれた畝状竪堀(別方向から)
そんなことを考えながら、雷神社のある尾根線に出て、そこからは神社の参拝道を伝って麓の鳥居のある入り口まで戻りました。

⑮2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(23)西端部畝状竪堀が尽きるあたりの三重堀切
雨がボツボツと落ち始め、階段が滑りやすくなっています。道は落葉で一杯になり、どうかすると、地面が隠れてしまっています。お寺からの登城道とは別の西端部にある神社の参拝道の入口、鳥居のある場所まで降りてきて、やっと大葉沢城の見学は終了です。
⑯2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(25)雷神社拝殿への階段(参拝道は南側を向いていました)
⑰2016年10月18日19日下越の城館めぐり (大葉沢城跡)(27)雷神社の麓の鳥居
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