新潟県下越地方の城館めぐり(12)

編集_2016年10月18、19日下越の城館めぐり(江上館跡) (14)北門と蔀塀
江上館の北門です。外側に蔀塀(しとみべい)が立てられて、素通しを避けられるようにしています。こうすれば、直接屋敷の中がのぞけませんので、防禦上、重要な仕掛けと言えましょう。

編集_2016年10月18、19日下越の城館めぐり(江上館跡) (13)北辺土塁、北門
編集_2016年10月18、19日下越の城館めぐり(江上館跡) (12)西辺土塁から見た館内の遺構
この北門にも奇橋が架けられ、北郭へ連結しています。面白いのは、北門や北郭の入口の土塁が折れ曲がった構造になっていて、これも防禦上の重要な仕掛けの一つになっています。一乗谷朝倉氏遺跡の館跡には、こうした仕掛けはありませんが、この江上館には折れ曲がる構造を入り口部分に備えています。

編集_2016年10月18、19日下越の城館めぐり(江上館跡) (15)北郭へつづく木橋
編集_2016年10月18、19日下越の城館めぐり(江上館跡) (16)同木橋と北郭の土塁
北郭は南北のに方向に堀、土塁をもち厳重に搦手の備えを固めています。
主郭の内部には平面復原で整備されたものと、立体復元されたものがあります。
例えば、板倉、宿直、櫓門、北門、井戸などはそれぞれ原寸大の復元です。主殿跡や他の掘立柱建物は平面復原表示になっています。これらの建物は南と北が溝や塀で仕切られていたようです。また発掘の成果から、計6時期の建物跡が確認されていると言います。

編集_2016年10月18、19日下越の城館めぐり(江上館跡) (17)宿直の建物の脇からの通用口(後世に削平を受けたものか?)
鎌倉時代から続く中条氏の戦国時代の居館であった江上館は、発掘の結果、主として15世紀代の遺物が多く出土すると言います。中条氏は一族の内紛を経て、御館の乱では鳥坂城を落とされたりしますが、慶長3年(1598)上杉景勝の会津国替えに伴って江上館を去るまで断続的に使用されていますガ、15世紀のころが最盛期であったことを暗に伺わせるものでしょう。
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