福井城址の石垣補修見学会と城址内をめぐるミニツアー参加記

福井城跡石垣見学パンフ (1)福井城石垣見学会のパンフ
11月6日(日)午前10時、福井県庁の石垣の見学会がありましたので参加してきました。

福井城跡石垣見学パンフ (2)同パンフの見学順路の説明図

県の財産活用課というところが実施した、石垣の補修状況を県民に知ってもらい、併せて福井城址の石垣の素晴らしさを宣伝することも兼ねた催しでした。

福井城跡石垣見学抜粋写真 (16)県庁前広場・見学ツアーが始まります…
併行して県庁の西側では山里口門の立体復元工事も行われていて、堀を隔てた西側の元中央公園があったところは、既に福井市が県民会館撤去のあとを受けて史跡公園として整備を行っていますので、石垣補修工事の宣伝を兼ねた今回の説明会は、とてもタイムリーなものになっているかなと思います。

福井城跡石垣見学抜粋写真 (13)石垣補修工事の実演シーン
先ずは財産活用課の職員さんが、これまでの県庁周辺の城址の石垣工事の概要を説明し、正面御本城橋の内側石垣では、剥離・欠落した石垣の実際の補修の様子を実演で見せてもらいました。

たまたま、この石垣の補修はJR福井駅の改修工事に合わせて行われた発掘調査で出土した福井城跡の石垣の石を撤去したものを保存しておいたので、今現在の工事に再利用しているので、当面在庫は確保されている、とのことでした。

福井城跡石垣見学抜粋写真 (3)併行して行われている山里口門の復元工事
石垣の歴史的な価値や発掘調査で明らかになった歴史的な意義については、元福井県立博物館長の仁科章さんが説明に立ち、現地を歩きながら、細かく詳細に解説していました。

福井城の歴史や石垣の概要はともかく、城歩きマンがひさびさに福井城跡の石垣を見て回る機会ができて、時間の許す限り、見ることになったわけですが、改めてその素晴らしさを再確認できたことで、冷たい北風が吹きつける寒い日でしたが充実した一日となりました。

福井城跡石垣見学抜粋写真 (15)御本城橋の脇から見た石垣(奥が巽櫓跡)
その第一の特徴は、福井城が慶長6年(1601)から築城が開始され6年後の慶長12年に完成したと言われますが、その後幾度かの大火に見舞われ、天守や櫓など建物は失われましたが、石垣はそのまま残されてきました。

外敵からの攻撃や、城を乗っ取られるというようなこともなく、約400年間そのままの姿をとどめてきたのです。改築や移転、増築もなく石垣は築城当時の姿をほぼ残しているという意味で、歴史的な価値が十分認められるのですが、よく見ると、その積み方が笏谷石(シャクダニイシ)を加工した真四角の切石を布積み手法で横一線に通るように幾何学的に美しく積み上げたもので、正面大手門(瓦御門)や天守台のまわりには、周囲の石垣より一回り以上大きな切石を切込み矧ぎの手法で積み上げていて、これまた素晴らしい偉容を誇っています。

福井城跡は現在、周囲の堀や郭は取り払われ、埋められて、本丸のみが遺存しています。石垣は自然の歪みや崩落、孕(はら)み、あるいは福井大震災などで崩れたりしましたが、その都度修復、積み直しを実施して今日に至っています。

県庁周辺、とくにJR福井駅の大規模な建て替え工事、再開発工事などで事前の発掘調査が実施され、地下に眠る江戸時代の福井城下の様子が明らかになりました。

福井城跡石垣見学抜粋写真 (34)天守台の石垣(小天守)
城下の武家屋敷や外堀の石垣には本丸で見られたような、典型的な切石積みによる切込み矧ぎは殆ど見られず、たいていは河原石や割石を使った野面積みによるものです。

翻って、他の県での城郭で福井城本丸のような切石による切込み矧ぎの石垣がどれほど見られるでしょうか?
お隣の石川県金沢城には確かに石川門などで切込みはぎによる石垣が見られますが、富山県、新潟県では見られません。
南のほうの滋賀県、岐阜県、愛知県でもしかりです。名古屋城はどうでしょうか?
割石、加工石こそ使っていますが、本丸天守でさえ切込み矧ぎは採用されていません。静岡県駿府城は、福井城のあとに家康が自分の隠居場として築いたと言われるお城ですが、せいぜい布積みによる切石積みが見られるだけです。

福井城跡石垣見学抜粋写真 (37)天守台入口から小天守台を望む(福井地震で沈んだまま)
福井城の天守台にある石垣は、江戸城の本丸天守台の石垣と同様、タテ、ヨコ1m前後はあるでしょうか、比較的大きめの角石を表面加工して切込み矧ぎで積み上げている点で稀有な石垣積みだと言えるでしょうか?

福井の人はこれが見慣れてしまって、とくにどうってことはないよ…、といった態。もったいないことです。
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